散歩道<1105>
まとう?政治性・異色美術館(2)・シラク氏肝いり「ケ・ブランリ」 (1)〜(2)続く
入り口の案内所わきで、高さ14bのトーテムポールが来館者を迎える。カナダ先住民が赤ヒマラヤ杉を手彫りにした品で、1939年に仏国立人類博物館に寄付された。美術館の所蔵品の9割弱は、この博物館から引継いだ。「芸術的価値がある=客を呼べる品」だけを新美術館に移すことに、一部の人類学者は異を唱えた。新美術館が備える若干の研究機能は、反対者への説得材料でもある。30万点近い所蔵品の分布は、アメリカ、アフリカ、アジア、オセアニアがほぼ4・3・2・1の割合。うち3500点が常設展で、残りは年10回ほどのテーマ展で順次披露される。小さな音量で民族音楽が流れる常設展示は、ちょっとした癒しの空間であり、学習の場だ。アザラシ1頭分の毛皮を姿造り」で仕上げたイヌイットの寝袋(19世紀、アラスカ)など、美術品というより生活雑貨と呼ぶべき展示物もすくなくない。19〜20世紀、列強の一角として植民地の『拡大を競ったフランスには「優れた文明」を広げるという大義名分があった。「未開の地」から持ち帰った珍奇な品々は好奇の対象であっても、芸術とはみなされていなかった。シラク大統領はケ・ブランリを「征服者に虐げられ、近代化に取り残された人々に敬意を払う施設」と表現した。だが、仏の歴史家ジル・マンスロン氏は「こうした作品をルーブルに展示しないこと自体が、すでに植民地主義だ」と指摘する。「いわゆる原始美術と、途上国の現代美術を同列に紹介している。欧州以外という尺度で全てを混同した18世紀の見せ物博覧会のよう」というのは、アフリカ美術専門家ジャンルー・アムセル氏だ。批判とは別に新美術館には盗品が紛れ込んでいる恐れがある。アフリカには紛争地域が多く、文化遺産の盗彫や強盗が珍らしくないためだ。観光客を誘う欧州絵画と違い、展示品は「無名作家」によるものばかりで、所有者や評価はあいまいだ。アフリカ古美術の取引市場では「ケ・ブランリ効果」ともいえる大相場が出現、1億円以上の値がつく品もある。エッフエル塔の横という好立地。美術館側が年100万人と期待する入館者は、ほの暗い照明の中で歴史の虚実と向かい会うことになる。