散歩道<1070>

                      経済気象台(36)格差社会に豊かさ指標を     

格差の広がりが争点になっている。「高齢者のせいだ。世帯の少人数化のせいだ」と格差そのものを認めないとする屁理屈が横行しているが、身の回りに厳然と格差の存在を感じている生活者の感覚が正常なのだと思う。高齢者はもともと格差が大きいので、この構成比が拡大すれば見かけ上格差は拡大するという。計算上はその通りだが、高齢者の格差が大きいことを前提にすること自体、不見識ではないか。ただし、格差の中身を吟味しろという意見には賛成である。所得や資産の数値の差をもって単純に格差を論じることは、実態を反映しない。中国の一人あたり国民所1300j日本のそれが2万数千jと大きな差だが、生活実態あるいは実感としての格差はそれほど大きくない。私事で恐縮だが、今月の頭からある東北の地方都市に勤務することになった。一人あたり県民所得が国内でも最下位に近い県である。東京都のそれの半分とまではいかないがそれに近い。さぞや貧しい生活だろうと不安を抱いて確認したが、杞憂(きゆう)だった 。大げさでなく豊かな生活なのである。うまい食べ物が豊富である。高級食材でなく日常の食材が旨い。高級な食材ももちろんうまいが、東京の飲食店でなら倍以上の値段がつけられ、しかも同等の質のものにはまず出合えないだろう。さらに、周りをとり囲む自然資源、これらの資産の経済的な価値をどう測ったらよいのだろうか。市の中心部から30分ほどで素晴らしい温泉がいくつもある。美しい山々や澄み切った広い海がある。昔、地域の暮らしやすさ、豊かさを測る指標つくりが流行ったことがあったが、成績不振に業を煮やした首都圏のある県知事の一渇で、現在は立ち消えている。しかし、格差社会を真正面から論じるためにこそ、こうした地道な豊かさ指標を作り上げることが求められている

 '06.4.25.朝日新聞