散歩道<1047>

                風考計・総裁選とアジア・「角・福」以来の、波乱の予感(2)         (1)〜(2)続く

話は30年ほど前にさかのぼる。77年8月、東南アジアを歴訪した福田首相は最後の訪問地マニラで演説し、東南アジア外交の3原則を語った。@軍事大国にならないA心と心の触れ合う関係B対等な協力者の立場・・・・・であり、これが福田ドクトリンと呼ばれるようになる。これにはいきさつがある。74年1月に田中首相が東南アジアを訪れた際、タイとインドネシアで手荒な反日暴動に迎えられた。群集は大使館の国旗を焼き、日本車をつぎつぎにひっくり返したり火をつけたり。 著しい経済進出で傲慢(ごうまん)に見えた日本への反感が、田中首相にぶつけられた。福田首相はこのときの反省から、アジアとの関係の修復を目指して行なわれた。3原則はその後も長くアジア外交の基調となる。首相秘書官として父に仕えた康夫氏がいま、この福田ドクトリンをもちだした。アジア外交の修復が再び急務だと思えばこそだろう。昨年は中国各地で激しい「反日デモ」があり、大使館などが襲われた。日韓もトラブル続きである。首脳会談すら開けられない状況は、あの頃よりひどい。だが、外交では安倍氏にも自負がある。拉致問題で見せた北朝鮮への強い姿勢で人気をえてきたし、もともと靖国神社への思い入れは小泉首相より深い。熱心な支持者からは「毅然(きぜん)たる外交を」と期待が寄せられる。安倍氏かそれとも福田氏かはたまた麻生外相か谷垣財務相か。靖国参拝への対応など、つぎの首相がアジア外交を大きく左右するのは間違いない。外交は争わないのが総裁選の常識だが、今度ばかりはそうもいくまい。実は、過去にも外交がもろに争点になった総裁選が一度あった。「ポスト佐藤」が争われた72年の、まさに「角福」の激突の時である。田中氏が公約に掲げたのは日中国交の正常化だった。佐藤内閣の外相として台湾を気遣ってきた福田氏に、これで勝負を仕掛ける。勝利の決め手はやはり立候補した大平正芳、三木武夫両氏との政策協定だ。「日中国交」で合意し、決戦投票で福田氏を圧倒・・・・・外交が権力闘争に結びつき、大きなドラマを生んだ瞬間である。今度は、焦点の福田氏も安倍氏も同じ森派だけに「角福」とは違うが、外交で対立する構造はあれ以来のことだ。派内で一本化工作がされるだろうが、二人には派を超えた応援団が出来て盛りあがるかも知れない。派閥分裂ばかりか、他派も巻き込んだ大きな再編に結びつく可能性もある。そういえば「角福」の時は佐藤栄作首相が他派を率いる福田氏を推しながら、自派の田中氏の出馬を抑えられず悲哀を味わった。いま森派では小泉首相が安倍氏を、森前首相が福田氏を推しているように見える。どっちえ転ぶか、視線を浴びているのはそれぞれの影響力でもある。日本外交の行方がかかった34年ぶりの総裁選は、秋の本番に向けて波乱の予感を秘めている。

'06.5.1.朝日新聞  

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