散歩道<1039>

                私の視点・NPO施設事件(1)ひきこもり即効薬はない
        (1)〜(2)続く ・・・・・・・・・・世相    

 ある日突然あなたの部屋に数人の屈強な男性が乗り込んでくる。突然の出来事に驚き、おびえながら必死で抵抗を試みるが、力ずくでねじ伏せられ、手錠を掛けられ、迎えの車に強引に押し込められ、代表と称する女性の罵倒とも説教ともつかない声が車中に響き渡る。あなたは見知らぬ土地のえたい知れない「施設」の一室に拉致換監禁され、そこでも抵抗したたために鎖で柱に縛り付けられる。絶望のあまり、抵抗した時に受けた傷の痛みすら忘れ、あなたは食事も取れぬまま次第に衰弱していく・・・・・4月18日名古屋にあるひきこもりの青年の「支援」施設で亡くなった26歳の男性の身に起ったことは、およそ現在の日本社会で起ったとは信じがたい出来事だった。19世紀のフランスでは親父が気に入らない子供を逮捕拘留させる法律があったというが、今回の処遇は、日本の前近代史に登場する「座敷牢(ざしきろう)を連想させる。矯正や治療よりはむしろ、処罰と隠蔽(いんぺい)を目的としたあの隔離空間を。ただし、この現代の座敷牢は、複雑に絡み合った構造的必然のもとで要請されたものだ。まず、いまだ専門性の埒外(らちがい)におかれた「ひきこもり」という不幸な概念がある。医療も教育も福祉も、それぞれ一定の関心は示しながらも、結局誰も引き取ろうとしなかった概念の非嫡出子だ。そんな「ひきこもり」たちを取り巻くのは、彼らのような存在を「怠け者」「ごくつぶし」と糾弾してやまない「世間」の視線である。

'06.5.13朝日新聞 精神科医 斎藤 環氏

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