散歩道<1037>
時を読む・関西人よ、黙ってみよう(1) (1)〜(2)続く
日本の都会は音の洪水だといわれる。公共交通機関は駅でも車内でも大音響のアナウンスを響かせ、店舗という店舗がBGMを流し続ける。近年は、携帯電話の使用が街の騒がしさがに拍車をかけている俸若無人の着メロも、今ではすっかり都会の立てる騒音の仲間入りを果たした。ところで、このやかましい都会暮らしに全くめげる気配もないのが関西人である。私たちは、地下街でも商店街でも、電車内でも周りの大音響をものともせず喋り、笑う。関西人の声の大きさには定評がある。が、パチンコ店や量販店の騒音が噴出してくる道端で難なく立ち話が出来るのは、こちらが相当な大声を出している証拠であるし、電車内でふつうに話が出来るのもしかりである。ちなみに、東京では電車内で話す人をあまり見かけない。これはつまるところ、騒音に負けじと喋るかの違いである。私達関西人が労力を惜しまずのどをからして喋り続けるのは、ひとえに同伴者や仲間へのサービス精神のたまものであり、黙っていては間が持たない道行きをすこしでも楽しくしたいがために喋り続けるのである。しかも、このサービス精神は親から子へと受け継がれ、学校や社会で磨かれ,二人寄れば自然にボケとツッコミができるような話術を身に付ける。これでは街じゅうに大声があふれるのも無理はない。そして、それを私たちは「活気」と読んでいるのだが、その割には関西経済の地盤沈下が著しいのはどうしたことか。
'06.5.15.朝日新聞:作家・高村 薫さん
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