散歩道<1010>
歴史と向き合う 東京裁判とは何だったのか。(3) (1)〜(3)続く
被告選定などに問題・裁かれなかった連合軍・日本の責任追及は必要
・・・・ではその後国際法の視点から、東京裁判はどう位置付けられますか。・・・・「キーナン主席判事は、裁判が終わった後、おおむね次のような趣旨のことを書いています。『被告の立場は橋頭堡(きょとうほ)を確保しようとする米兵にたとえられる。共通の目的の為に命が犠牲にされることもあろうが、それは仕方がないことだ」と・・・・たとえ死刑が不当な被告がいたとしても、死刑になることで戦争の違法化が進めば意味のある死だ、という理屈ですね。「しかし、キーナンの言った「橋頭堡」は東京裁判の判決が下された48年以来、築かれたのでしょうか。そうではないと思います」
・・・・マイニアさんは過去に参加した東京裁判に関するシンポジュームで、ある国際政治学者の言葉を引いて次のように言っていますね。東京裁判とは「連合軍によってなされた、後世に対する世界秩序の約束」だと。それは果たされていませんね。「ただし、東京裁判にも、ささやかなプラスがあります。通例の戦争犯罪の部分ですが、これは(ナチスドイツの戦犯をさばいた)ニューデンベルグの場合の方がづっと顕著なのですが、上官の命令に従ったといっても罪は免れないという原則が確立されたことです。だが、はたして、それだけで裁判の十分なプラスの遺産だと言えるかどうか。それは私にはかかりません」。・・・・東京裁判に対する反発が強いので、それが戦争責任の議論が進むのをはばんでいると思います。「あの裁判が、勝者の裁きであることは明確です。しかし、いつまでもそこにとどまっていては、被害者意識から抜け出せません。それを乗り越えて日本の戦争責任を問い直すことが必要なのではないでしょうか。日本の保守派のうち、一体どのくらいの人たちが、真剣に戦争責任の問題を考えているのでしょうか」。
・・・・・死者の追悼の問題も課題として残っています。「すべての国民は戦争で亡くなった。人を悼む。米国にもアーリントン墓地がありまり、その中には無名戦士の墓もある。日本も同じ問題を抱えていると思いますが、死者を悼むことと排他的な愛国主義を区別することが大切です。米国の右派は、いともたやすく星条旗で自分たちの身を包み、「イラクで、これだけ戦死した。だから、駐留は続けるべきだ」といいます。
・・・・・こうした主張は問題ですね」・・・・それにしても、過去は過去としておとなしくたたづんではくれませんね。「私は自分の研究室のドアにブッシュ大統領の発言をはっている。「我々はみんな認めていることだが、過去は終っているのだ」(笑)。でも、米南部出身ウイリァーム・フークナーの次の言葉の方がすばらしいと思いますね。彼は書いています。『過去は死んでいない。過ぎ去ってさえいない』と」
'06.5.3.朝日新聞・リチャード・マイニア教授(米マサチューセッツ州立大)に聞く