散歩道<1008>

                            歴史と向き合う 東京裁判とは何だったのか。(1)             (1)〜(3)続く
                    被告選定などに問題・裁かれなかった連合軍・日本の責任追及は必要

・・・・マイニアさまの意調書は日本でよく読まれています「わたしこの本をある特別の関心から米国の読者のために書きました。60年代ベトナム戦争への批判です。米国がインドシナで繰り広げてきた行為は道義的に支持できないものでした。東京裁判に表れた偏狭で自己中心な米国の考え方が後のベトナム介入の過ちにつながっています。この本は米国人向けに書いた米国批判の本です」「ところが日本に翻訳されると、東京裁判を否定する日本の保守派の人たちは、自分たちの味方が現れたと喜んだわけです・・・・。
・・・・どうもねじれがあるようです。「同じようなことが、東京裁判の役割を肯定する側の歴史家・家永三郎氏の著書「太平洋戦争」が英語に翻訳された時にも起こりました、米国の保守派は「やはり私たちが正しいのだ。日本人の歴史家も言っている」と考えました。米国の左は日本の右に歓迎され、日本の左は米国の右に歓迎されるというわけです。「多くの日本人は私の本を誤解しています。東京裁判には過ちがあり、欠点の多い裁判でしたが、日本の戦前の政策を免責したり、弁護するつもりはありません。法的には無罪であっても、歴史的な責任の問題は残っています。ただし、あのような裁判で裁こうとしたことは間違いだったというのが私の主張です。どんな文脈で言われているかを理解することが大切です」

'06.5.3.朝日新聞  米マサチューセッツ州立大教授リチャード・マイニア氏に聞く