散歩道<993>

                    時流自論・「自省力」という国力(1)             (1)〜(3)へ続く              

 先日「ソフト・パワーと広報・文化外交」と題するシンポジュームがハーバード大学で開かれ、パネリストとの一人として参加してきた。ソフト・パワーとは、強制や報酬でなく、国の魅力によって臨む結果を得る能力のことで、具体的には政治的な理想、政策の魅力を指す。古くは、「戦わずして人の兵を屈するは善の善なり」と言う『孫子』の思想などとも通底する概念であるが、ハード・パワー(軍事力や経済力)のみで論じられがちな国際政治を構成する、もう一つの看過しできない力として、近年、注目を浴びている。この言葉の提唱者である同大のジョセフ・ナイ教授は、核抑制論の権威として、あるいは元国防次官補として、ハード・パワーの重要性を誰よりも強く認識している人物であるが、ハード・パワーのみに依存しているかのようなブッシュ政権外交手法に対し、警告を鳴らし続けている。ソフト・パワーを軽んじることは、ハード・パワー行使の正当性を揺るがすことなど、結果的に、政策目標遂行のためのコストを高めてしまうからである。例えば、トルコが国内の反米感情への配慮から米軍の基地使用を認めなかったことが、結果的に、米軍のイラク攻撃の選択肢を制限してしまったことなどは、その好例である。

'06.4.24. 朝日新聞 慶応大教授 渡辺 靖氏

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