散歩道<83>

           1、
戦争を知らない世代に戦争をどう伝える。2、大切にされるべき人

1、戦争を知らない世代に戦争をどう伝える。
  '01.12.21.の朝日新聞に「平和への世紀へ遺書・遺品展」を見てという解説に、戦争を知らない世代に若くして亡くなった死者の思いをどう伝えていくかという問題が指摘されていた。見学者5,620人の中で若い人が10%までいかなかっ事に重い課題を今後に残したと評価されていたようだ。平和の為には、どれほど多くの人の犠牲があったのか情報が風化しつつある今こそ、伝えなくてはいけない大切なことだと強く思いました。(戦争は決してやってはいけないと言いたいのです)
備考:先日、日野原重明様の話で、NHKで戦争の事実を伝えることは使命(mission)であると発言されているのを聞く機会があった。

大切にされるべき人
 ヨーロッパやアメリカや韓国を旅行してみて解ったことは、社会から一番大切に扱われる人の順番は1、国の為に戦って亡くなった人の家族という考え方は正しいように思う。社会の為に行動するという判断基準は、多くの国民の支持をも得る。我国の社会も参考にすべきことではあるが、これは戦勝国では社会の常識と思うが、敗戦国で、この基準を持ち出し、容易に外国から同意を得ることは難しいことのようだ。ここにも外国との判断基準に違いがある所のように思う。日本では、召集令状により戦地に行かれたのであって、自分から希望して戦地に行った人はいないはずである。国の為に戦って戦死した人の家族は、経済的な事も、又精神的には実に辛い長い日々を送られたのではないかと思う。その家族の人も戦後55年の歳月を経て、生きておられる人も少なく成ってきている様に思う。戦勝国や敗戦国に関係なく、国のため戦ったことに対して平等に評価されるべきだと考える。じっと耐えてこられた家族の人に残された20世紀中に済ましておかなくてはいけないことと思います。いつの時代でも、国家の為何を目的として生きていくべきかという考えを、国民に示す意味からも必要なことだと思います。
 偶然2000.9.26.
「お国のため」と朝日新聞に投書されている2人のお年よりの文章に出あった、この55年間我慢された実感と無念さがこもっていた。一人は父に関するもので「小さな遺骨として届いたのは石ころだった」もう一人は、弟様に関するもので「犬死ではうかばれぬ弟」71歳と83歳の高齢に成られていた。この事は精神的にはまだ自尊心が癒されていないのではないかと考え、あえてここに報告します。今元気な高齢者の方何とか長生きしてもらいたい!
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備考1:この文章読んだ時、2人の高齢者の為にも、(生意気ではありましたが文章で)伝えなくてはならない必要なことだと意識して書きました。