散歩道<804>          804から移動
 
                     散歩道・面白い話・大集合(341)・1579
                   新・欲望論(1)・中村うさぎ消費いざなう破滅願望      (1)~(2)へ続く
                         「価値ある自分」の幻想追う

1579、 カネで欲望を満たすのは下品であるという意見がある。果たしてそうなんだろか。欲望を満たす以外に金の使い方なんてあるのか。ブランドやホストや美容整形にうつつを抜かした私が、最終的に得た教訓とは「金で満たせる欲望には限界が来る」ということであった。なぜなら消費の快感とはすなわち「欲望を満たす快感」であるから、金を払って欲望の対象を獲得した途端にそれは欲望の対象でなくなる(あんなにほしかったはずのものが、手に入った瞬間に、自分にとって大した物ではなくなってしまうのだ)という殺伐とした現象が生じ、その空しさから逃れるために次から次へと新しい欲望の対象を追い求めたとしても、その最果てには「ついに欲しい物が無くなってしまう」という欲望の砂漠化しか存在しないのである。とはいえ、私は「金なんて無価値だ」というつもりは毛頭ない。金で買える幸せは、この世の中に確実に存在する。ただその幸せには限りがある、と言いたいだけなのだ。金で買える幸せを沢山累積していけば最終的に大きな幸せを獲得したことになるのではないか、という意見もあろうが、私はそうは思わない。消費による欲望の充足は、特に現代のように欲望の対象が多極化している時代にあっては、足し算ではなく引き算だからだ。最終的には「金で満たせない欲望」に直面し、それこそが己の欲望の根源的な欲望であることを知ることになる。そういう意味でも「消費による欲望の充足が」無価値であるとは思えない。それは価値あるゴールではないけれど、価値あるプロセスにはなり得るのだ。'06.1.10.朝日新聞  作家・中村 うさぎ様

備考:発表されているような経験をした人も、又、しようと思う人も、いないと思ったのでその通り記述しました