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                       散歩道・面白い話・大集合(328)・1560
                    平和の時代へ(3)・理想主義を超えよう     (1)~(3)へ続きます。

1560、 また、世界的規模で民主主義を実現するためには必要な闘争だという主張も信用できない。本来は国内体制の選択である民主化を対外闘争の理念にすり替えることは、植民地支配が植民地に文明をもたたらすと考えた帝国主義者たちと選ぶ所のない、観念の詐述にすぎないからだ。更に言えば、憲法9条と絶対平和主義が展望を開くとも考えない。一見すれば普遍主義的なこの主張は、日本の非武装化を世界平和の推進にすり替えた概念操作であって、核の受益者であるという日本の現実と奇怪な共存を続けてきたものに過ぎなかった。他者の排除なしに平和がありえないと信じ込む勢力を前に、戦力を放棄した世界を説いても意味はない。むしろ平和から理想の仮面を取り除くことが必要ではないか。世界平和といえば、ユートピアのように響くだろうが、本来の平和とは戦争のない状態にすぎない。その平和を支えるのは、もちろん各国の武力による威嚇であるが、それに加えて、互いの交渉、取引、妥協がなければこの散文的な平和を支えることは出来ない。ユートピアでなく、現実としての平和を見直すことが理想主義から脱却する第一歩だろう。理念の戦いは、妥協と共存を排除してしまう。だが理想主義者の目には汚く見える取引や談合も、他者の存在を前提としている点において、自己の絶対化に陥った理想主義者たちよりもはるかに現実世界の多様性にかなった行動であり、社会の対立が暴力行使に陥る事態を防ぐために無視できない役割を果たしている。理念の対立を利益の対立まで引き下ろし、妥協と取引の可能性を探ること。ごく散文的な出口には違いないが、終末論的な世界の対抗から実際的な国際関係を取り戻すためには避けられない作業だろう。2006年1月7日
'05.1.6.東京大教授藤原帰一様

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