散歩道<773>
散歩道・面白い話・大集合(311)・1535
死を語り合い 生を見つめる(3) (1)~(3)
高校生や大学生も
1534、 そうした背景からか、静岡市で開かれる「死生学カフェ」には高齢者だけでなく、高校生や大学生もを含めて約30人が集う。代表の竹内内裕文静岡大教授(哲学・死生学)は、「若者は年配の方とは違う切実さを持って、なぜ生きるのだろうといった問題を考えている」とみる。
自身は19歳で父親を亡くしたことを機に、哲学の道に進んだ。「私たちはみな謝意すべき物。その絆を作りたい。価値観が多様化する現代出は、宗教者や医療者などの専門家が」シャイの問題を一手に引き受けるのは難しい。むししろさまざまな人との対話を通じて学ぶアプローチが有効です」
「生きることと死ぬことに界はあるのか」をテーマにした回で、ある女性は半年前に父親を亡くした体験から「川は海に流れ込んでいき、淡水とk海水が混じり合う。生と死はそんな関係に思えます」。そこから話題は、そもそも「生きる」とはどういうことかへ移っていった。<検>宗教、
1535、 殿とのために、夜どおし話す「おとぎ話」
勇猛果敢な戦国の武将といえど、そこは人の子。戦陣を張った中であれこれ作戦を考えねばならず、夜通し眠れないこともあった。そこで考え出されたのが、殿の眠気ざましのために、夜通し話相手などをしてつきあう「お伽衆」(とぎ)。「伽」というのは「説聞」(ときざき)の略で、話相手をするという意味だ。おもに合戦の体験談などを語ったというが、お伽衆にはかなり教育的な役割も課せられていたらしい。これが本来の「お伽衆」だが、しだいにおどけた話など純娯楽的な内容に変わって行き、のちに、子供向けの童話を指すように成った。今は、わが家の”若殿”をねかしつけるために、母親がその役目を果たしている。