散歩道<7328h>

                      東京パラリンピックの競技について(1)

 東京パラリンピックでこの会場に集まった世界の身体に障害を抱えた人達の集まりは、手(両手、片手)、足(両足、片足)、腕(両腕、片腕)、目(全盲、弱視、片目見える)、脳(脳性まひ)、健常者の中で生きている我々からしても、日常生活の多くの人の介助がないと毎日の生活も出来ない人たちの集まりの大会である。
 人それぞれの生まれながらの障害をもって生まれた方や、幼少の頃や、成人になって障害を受けて今の状態になった人もある。普通に考えていた日常生活が、全く予想もされない状態で生まれたり、事件に巻き込まれて障害を受けられたりした人は、、本人や、その親御さんはどれほどのショックを受けられたことであろうか。目の前が真っ黒になる状態が自分に突きつけられた出来事ではなかったと予想できる、そのような状況から自分の立つ位置を社会に求めるためには助けを求めることではなく、今のハンデーのある状態をそのままに、社会に立ち向かう精神こそが大切であったのではないかと思う。その世界こそ運動機能障害者の集うパラリンピックの大会ではないかと思う。彼らが思うのは、自分でやれることは自分でやるので、困っている時には介助の手助けをお願いしたいという気持ちではないかと思う。選手たちよ頑張れ!