散歩道<7320h>
76年目の終戦記念日( (2)
戦後76年経って機密情報であった資料がマスコミで発表される新聞やテレビ等で知ることが出来た。原爆の放射の被爆の被害状況等は終戦の次の月にはアメリカの医療調査団が広島市や長崎市を訪れ、念入りに調査を開始し大変多くの資料が国の軍事施設に保管されていたというその資料の公表である。1945年の8月の始めには日本が戦争に負けるということはアメリカには解っていたはずである、その時であっても、一般市民がこれだけ犠牲になることが許されての投下であったのか疑問が残る。
一方、当時の日本の軍隊は、敗戦となるや、自分に戦争責任が及ぶことを恐れ、すべての関係する資料を消去(焼却)するよう命令が下されたようで、軍人個人が追及されるような物は何も残されなかったというのが事実のようだ。この事実も今後歴史を見直す時にどれほどの影響があるのかは不明である。