散歩道<711>
散歩道・面白い話大集合(259)・1359 面白い話(77)・しける・とんだこと・老舗・思う壺
1356、かたえくぼ:平昌五輪 閉幕:「そだね〜ロス」になりそう・・・・・・カーリングファン
散歩道<161>北朝鮮・埒(らち)問題、
1357、海荒れて漁師オカに上がる「しける」
今でも漁村を訪れると、海を眺めて次の日の天候をピタリと予想する年老いた漁師が1人や2人いるものだ。天気予報のなかった時代には、このような老漁師のカン1つで翌日の出漁準備をしたというから、このカンたるや、確立50%などと悪口をたたかれる天気予報よりよほど確かだが、一度「しけ」が続くとまさに開店休業となる。この「しける」という言葉、オカに上がって、商売の不景気、興行の客入りの悪いこと、物事がうまくいかないことなどの意に広く使われるようになった。恋人同士が某所に「しけ込む」というのは、海が「しけ」たときに、船を港の奥にひっそりと引きこんでおく様子からの連想であるという。樋口清之様
1358、.商売の秘訣は、親を真似ること「老舗」
「家業は何にても、親の仕似せたることを替えて利を得たるはまれなる」とは、江戸時代の作家兼経営学者?井原西鶴(いはらさいかく)の『世間胸算用』の一節である。親代々受け継がれてきた信用こそ、何ものにもかえがたい商売の秘訣というわけだが、近代経営学も、低成長下の経済にあっては、「老舗」こそますますその強味を発揮するに違いないという。ところが昨今の若者は、親の家業を継ぐことをきらったり、親のやり方を批判して、むやみにアメリカ流の商法を取り入れたがる傾向が強いようだ。今のご時世、西鶴先生に指摘されるまでもなく、昔ながらのオーソドックスな商法を見直すことこそ、商売繁盛の第一歩ではなかろうか。(樋口清之様)
散歩道<114>-5伝統をどう引き継ぐ、<252>はやっている会社・営業に必要な感覚、
1359、思う通りに引かない 思(おも)う壷(つぼ)
日本では古代から陶器の水などを入れるものを、ツボと読んでいたが、これは南方語からきたものらしく、このツボ(tuboh)という言葉はマレイ・インドネシア語では体と胴体のことを意味しており、またツボク(tebok)というのは孔(あな)をあけるとか、孔をくりぬくという意味になっている。わが国の農民もイモや球根を貯蔵する穴をツボと呼んでいるのと何かつながりがあるようである。そうしたことからツボは女の性器のことを称するようになり、このツボが訛(なま)ってツビとも呼ばれている。そして女性が初めて男性と交接することを「新鉢を割る」などといわれているが、この鉢というのは、やはり南方語であって、つまり陶器の鉢を意味している。これが転訛して自分の思うままになったことを「思うツボにはまった」とか、あるいは「ツボにはまった身のこなし」というようになった。なお古くから女の性器を瀬戸物にたとえて、民謡でも「娘十八、落とせばわれる」などとうたわれている。日置昌一氏 Hな話、ご勘弁を!
1359. 教育ママも狂喜する大特進「とんだこと」
今では平社員が突如、係長を飛び越して課長に抜擢されたり、平幕の力士が何枚も上の力士を追い抜いて三役になったりすれば、それこそ赤飯物だが、昔の人にとって、これは「とんだこと」だった。といっても、じつはこれはとんだ意味違いで、昔は、本来順序に従って1段階づつ進むべきところを、二,三段飛ばして特進することを、「とんだこと」といったらしい。この伝でいけば、松下電器の24階級特進の社長などは、「とんだこと」の最たる「とんだこと」ものだし、旧制中学にあった飛級も、「とんだこと」をしてくれたことになる。もっとも、こんな「とんだこと」なら、今の教育ママは狂喜乱舞して喜ぶだろうが。樋口清之様