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                             美術展パリを愛した画家たち

  ここに出されている画家の作品は、今から100年前後にパリに憧れ、世界から集まった、今はほとんどの人達が亡くなっている人たちの美術展(20世紀初頭のパリに集まった東西の巨匠)である当時は、産業革命後間もない、世界的に見ても、文化、科学技術もほとんど進んでいない時代の話で、例えば交通網一つとっても、日本からフランスまで船旅だと2ヶ月近くはかかったであろう、一つ一つの絵を観ながら、解説されている背景や、感情を絵にどのように表現されていったのか。説明された内容に成る程と納得しそれを探したものです。(現代人の乾いた感情、人間の疎外感の表現、背景の空を薄くぼやかして、全体が静かな落ち着きを表現している絵、官能的で退廃的な女性像、黒を多様化した黒々した冬の厳しさを描いたもの、花の存在を強く出すため絵の具を厚く塗りたくったもの、同じバラの作品でも花が、額全体をおおっているもの、背景の色を青色を濃く塗ることにより、花の存在感を余計に浮き立たせるもの、花瓶や後ろの飾り、机や横に置かれたもので、余計に強い印象を与えているもの、キャンパスに残された傷あとを感じさせる絵、抽象化された絵が強く印象に残るもの等)、ここに展示されている絵はどれも親しみを感じるものである。
 人物像も厚みの絵に親しみを感じたり、山が描かれた絵は重量感があり、部屋に飾ればいいだろうと感じていた。一方、すきっとした日本人画家が描いた絵も印象に残った。この展示会では、宗教画の絵はなかったのも、心軽くこの絵を観ることが出来た原因かもしれない。
 日本人画家が
フランスやイタリアから帰国すると、西洋画と日本画のギャップに苦労される人が多い話をよく聞いたり、読んだりしたが、これらの絵を観ながら、それはどのように克服されていったのであろうと、考えながら絵を見ていた。藤田嗣治さんの作品も2枚だけ出品されていたが(当日、京都国立近代美術館で”藤田嗣治展”を開催中)他の多くの作品とは違う、”パリを魅了した異邦人”、という紹介が的を得ているような感じでその作品を見ていた2006年6月5日

散歩道<2076>京都と近代日本画(1)~(2)、

備考:20世紀初頭、写実技法や伝統的主題に束縛されないより自由な絵画空間を模索した。”エコール・ド・パリ”と称される彼等は、革新的な絵画技法を取り入れながら独自のスタイルを確立していった。ここにはシャガール、ルオー、ユトリロ、ローランサン、藤田嗣治、梅原竜三郎、林武、里美勝蔵、荻須高徳などの展示である。(作品の説明から)