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                       風知草・虚学で身につける知                

 今年3月末日付で私は京都大学 教授を定年退職する。2年前までは公務員の身であったが為に、国立大学の教授のことを教官といい、定年で辞めることを退官と呼んだ。法人化された今では、教官は教員、退官は退職となった。私と同時に京都大学を定年退職するのは50人だそうだが、それを報じる記事が京都新聞に掲載された際、その見出しが、「佐和・京都大学教授ら退職へ」とあった。それをみた愚息が「お父さん、何を悪いことしたんやろう」と、一瞬、戸惑ったそうだ。京都は大学の先生を大切にする街である。私が始めて祇園のお茶屋さんの座敷に上がったとき、女将(おかみ)さんが「うちには 湯川先生や桑原先生もようきてくれはります。ほやけど、いっぺんも、はろうてもらうたことありまへん」といった。「なんでですか」と私が尋ねると、女将応えていわく「恐れ多くて、請求書なんておくれまへんどすがな」と、両先生のような大学者は別として、京都のお茶屋さんや飲み屋さんには暗黙の「学割」があるようだ。湯川秀樹先生や桑原先生がご活躍なさった時代、東大が「実学の殿堂」であるのに対し、京都大学は「虚学の殿堂」との感が強かった。「ところが」である。1960年12月、池田内閣の「所得倍増計画」が発表され、学問の価値を産業にとっての「有用性」の尺度で測るという見解が公にされ、理工系学部の振興が国の学術行政の根幹に据えられるようになった。全国の国立大学で工学部の膨張が始まったのだが、膨張率の一番高かったのは京大ではなかろうか。実際、全新入生に占める工学部学生の割合は3分の1を超えている。とはいえ、虚学を大切にするという「京大らしさ」が根絶やしされたわけではないが、わたしの偏見かもしれないが、京大は虚学に一目を置くという点で他大学に類例を見ない。日本の政治家、官僚、経営者にかけているのは、人文知、自然科学知ではないだろうか。こういう「知」を身に付ける機会は大学在学中においてしかない。今後とも、虚学を大切にする「京大らしさ」を保ち続けることにより、世界に通用する「知的」政治家、官僚、経営者の養成に京大が寄与することを願ってやまない。<検>政治

'06.3.24.  京都大学経済研究所所長 佐和  隆光様

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