散歩道<6726>
                       ザ・コラム・賞与が国債だった時代(2)・命の次に大切なもの失った



. 37年7月から始まった日中戦争が泥沼化、多額の戦費が必要になった以上、軍需資金が市中に流れて景気は良くなったが、金余りによるインフレを恐れた。国債を発行して余剰資金を吸収しようとしたのだ。
 戦争勃発で設けられた戦費をまかなう臨時軍事費特別会計は次々と増額された。46年2月の会計終結までに1553億9千万円が支出された。当時の国民総生産(GNP)の倍、現在価値でざっと50兆円に相当する。日清戦争の776倍、日露戦争の103倍。財源の約9割が国債や借入金だ。
 国債は銀行や国民の家計で保有されたが「悪性インフレの傾向は さらに強まりながら潜在化していき、戦後のインフレ爆発の火薬庫となっていった」と大蔵省が編纂した「昭和財政史」は反省している。<検>戦争、

' 18.9.20. 朝日新聞・編集委員・駒野 剛氏