散歩道<6478>
                         ザ・コラム・流動化するアジアで(3)

                                    「見る 聞く 言う」の存在感
          (1)~(3)

  ◇ ◇

 歴史的な南北首脳会談が開かれた4月27日。モディ氏は習使徒湖北省武漢で語らう。わたり合う姿をツイートする。地域の秩序が流動化する中、悠久の大国の首脳として「蚊帳の内」を強調するかのように。その1か月後。「インドと中国の協力がアジア屋世界のよるいよい将来につながる」モッディ氏はシンガポールで開かれた国際会議の演説で、中国を刺激しない言葉を選らんだ。対中牽制
(けんせい)を期待していた日本政府の関係者は拍子抜けしたようだったが、地域の重心がインド洋へ移ることを心配する東南アジアの国々への配慮でもあった。中国とXXのどっちをとるかという踏絵を嫌う彼らとうまく付き合う為だ。
 トランプ米大統領の「暴言」に揺さぶられた6月上旬のG7.。
 タイの英字紙ネーションの風刺漫画が目に留まった。メリケル独首相が「トランプ」赤ちゃんを必死にあやすが、おしっこをひっかけられている。開催国カナダ、英仏の首脳が見守る。あれ、イタリアと日本の首相の姿がない。
 正しい描写かどうかは別にして、今の日本のアジアにおけるイメージの一面だ。誰かの「腹話術」に聞こえたら、耳をそばだてるべきは後ろにいる人の言葉だ。インドほどでなくても、見も心もどこかの国と誰かと、一心胴体はありえない。かの人の「暴言」の連投は、自らの言葉を取り戻す好機なのかもしれない。
<検>社説、<検>世界、

 
'18.6.21. 朝日新聞・編集委員・吉岡 桂子氏