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面白い話(86)・侍・根城
かたえくぼ:新弟子検査:追加項目 甘いマスク・・・・・・・・・日本相撲協会(没ちゃん)
中央政権へのごますり「侍」
「斬り捨てご免」「武士は喰わねど高楊枝」などと、わがまま勝手な言動が武士に「許されたのは武家社会の確立した鎌倉時代以降のことだ。それ以前のいわば武士階級の黎明(れいめい)期に目を向けると、武士たち、さぶらう境遇にあり、その道の豪のものとしての境遇など思いもよらなかった。この「さぶらう」という言葉、本来、目上の人に従属し、仕えるという意味で、平安時代、地方の荘園などを根城にようやく勢力を増しつつあった武士たち、ただ力があるだけではダメで、都に上って貴族にへつらい、ひたすら”さぶらう”身に甘んじた。この”さぶらうもの”が、その後、七百年有余にわたって支配階級として君臨することになる。樋口清之様
鞘(さや)と柄(つか)とにぴったり挟まれると・・・・「切羽詰った」
江戸時代のような太平の世でも、武士たちは切羽詰まるとやはり刀を抜いた。現代でも、例えば国の財政が窮地に陥ると、政府はすぐ赤字国債などという”伝家の宝刀”を抜く。なぜか、切羽詰まると"刀”を抜きたがるのが日本人のようだが、じつはそれもそのはず、「切羽」とは、刀の鍔(つば)の裏表に当てた板金のことで、刀が鞘に納まっているときは、つねに柄と鍔(つば)、鞘と鍔に挟まれて詰まったようになっていた。ここから、身動きならないほどの窮状を「切羽詰まると」と言うようになったというが、"伝家の宝刀”も、よほど抜き差しならないときにだけ抜かないと、ほんとうに切羽詰まったときの切れ味が鈍ることになる。樋口清之様
主流派武士のホーム・グランド「根城」
武家政治の代表的建築物と言えば城である。この城は、外敵をむかえうつ戦闘にも使われたが、領内を統治し、権力を誇示するシンボルでもあった。ここを根拠地にして、各地の統領とその部下達は、内外に権勢を振るったわけである。彼らにとって、この「根城」こそ、最大の生活の基盤だった。なかには、戦闘たびに、やとわれる一匹狼やジプシー的な野武士集団もいたが、主流はえられず弱小グループの城を出なかった。現代では、この根城も、二重、三重の壕をめぐらしたような大建築ではなく、ごみごみした盛り場におかれるようになったらしい。そのせいか、「根城」という言葉も、反主流的なニューアンスが強い。樋口清之様
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