散歩道<5998>
日曜に想う・これは選挙化パロディか(3)
「代表するとは社会の多様性を表現すること。指導者だけでは代表できない」。だから議会があるのに、その候補らは指導者職に染まりたがる。
うまく代表出来ない議会には「松葉杖」が必要だと指摘する。議会以外の民意の様々なチャンネルを意味するカウンター・デモクラシーという考え方だ。飯綱町で進められてきこともその試みといえる。
歴史学者も飯綱町議会議長も、真正面から向き合っているのは今日の世界の民主主義にとって本質的な問いだ。
「議会は人々を代表しているか、政治は人々の声を聞いているか」
この問いを多くの国会議員が共有しているように見えない。
代表制民主主義で選挙が最終的に目指すのは勝敗の決定ではない。社会をちゃんと代表できる議会、だれでもが自分の声を政治に届けてくれる人がそこにいると感じられる議会を作り上げることのはずだ。人々を代表しない議会は、その名に値しない。
この選挙の惨憺(さんたん)たる姿そのものが警鐘を鳴らしていると思う。このままでは民主主義が壊されてしまう。しかも自分たちで選んだ政治家たちによって、と。<検>政治
'17.10.8.朝日新聞編集委員・大野 博人氏
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