散歩道<5992>

                                        今日と言う日は面白いことあったのか?

 今日は町内の運動会、話合いグループの3人に出会う、新らしく参加される人が講演頂けるという事で、講演内容(予想 )を印刷し、仲間に手渡しで配る(場所は当初予想していなかった運動会の野外会場と想定外の人との出会い、少し配慮は足りなかったと反省)、テーマについて詰めたわけではないが、借りていた資料からそのように考えた。会を進める自分としてはその方が講師は話がしやすいのではないかと判断したが、了解は後でもとれると判断したのも事実。
 そこでの私はニコニコしながら自由に話していたように思う、
(今日、ニコニコして話たのはその瞬間だけであった)。仲間を集めて会を開いている別の人も紹介して頂いた。日頃、話をするのはやはり楽しいのだと思う。今、私はこんな普通の日(特別楽しいいと感じない日に)にどう取り組んで過ごしたらいい(楽しい)のか、考えてみようとしてこのテーマに臨(挑戦)んでいる。
 私が見る限り、どうも中高年の人達のお付け合いの程度はそんなに
(深く)親しくはないように思える。そうなら、出来るだけこちらから話かけたり、日頃会っている人を見かけたら、話かけるようにするのが自分にも叉、相手にとっても楽しくなるのではないかと思う。
 <5990>100歳の作品、新人、<5991>「人生100年の働き方」の中で、楽しくなるような生き方をすることが大事だとリンダ・グラットンさんは言われる。好きなことをまず見つける事、それを続ける事、たまには発表する事、珍らしいものに出会えるように、たえず世の中に興味深々でいること等は、今思いつくことであるが、自分を振り返れば、講演会に出席、美術展鑑賞
(これ等は感想を殆ど書いている)、「話に乗る会」や、継続しているOB会にも出る事で皆と自由な意見をかわすこと(解ったのは会社以外の人との付け合いは殆ど無いこと)、商売感覚を養う為、叉社会の流れを感じる為に関係者と会うことも、重要視すべき事柄のように思う。
 自分にとって最近になって心得ている今日やれることは今日やって仕舞おう。いいことがあれば、それは明日に希望を持ち続けられる意味のある1日であったと思うようにしている、1つの区切りとして散歩道が6000、(会社)提出もの加えて8000を越した時点で写真、或いはなにか別のことも出来ないかと考えてはいる。'
17.10.9.
<検>教養、<検>高齢者

                            
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