散歩道<5919>                          638から移動
                    面白い文章・半藤一利様(1)21世紀の伝言から            このページから半藤さんの文章を続けます

 (1)「天皇を神と考えている」・山県有朋の言葉
 山口県出身の軍人政治家。山県有朋ほど、政界官界に大きな影響を与えた人はいない。日本帝国の創作者は伊藤博文と山県である。その伊藤も後世へ与えた感化力から言えば、山県にはるかに及ばない。民、軍に渡る官僚制度であり、統帥権の独立であり、軍部大臣現役制であり、治安維持法である。山県の真骨頂を示すものとしては、ある人の問いに「自分は三条大橋にひざまずいて皇居を奉拝した高山彦九郎と同様に、天皇を神と考えている」と答えた山県らしい言葉がある。天皇「現人神」
(あらひとがみ)の創作者は、この人であったのである。1922年(T.11)。
備考:高山彦九郎江戸中期の勤皇家、寛政三奇人の一人
京都三条京阪駅の所に銅像がある

 (2「なんの良心の呵責を感じない」広島に原爆投下
 1954年の「アサヒグラフ」から1945年(S.20)8月6日、エノラ・ゲイ号に搭乗、広島へ原爆を落とした戦士達は、9年後のこのころにどう語っていたか。機長ティベッツ大佐「原爆投下になんの罪悪感も持っていない」。ペーサ中尉は何万人もの人びとを一挙に殺したことにたいして、「まったく気にしていない。今でも任務でやったという感じしかもっていない」。ドウゼンベリー軍曹は、「後悔の気持ちはまったく持っていない。私は何回も同じことをやってのけられる」。カロン軍曹は「戦争に人情などありはしない」といい、ネルソン上等兵は「道徳上の問題は我々の念頭に少しもなかった」と。そして50年後の1995年にも、ティベッツ元機長は同じ言を吐いた。いうべき言葉もない。
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備考:今年('05)、戦後60年のテレビ番組で、広島、長崎の被爆者と原爆を落とした、飛行機に搭乗していたアメリカ人の対談で「日本が最初に真珠湾攻撃を行なったことが全てだ。それに報復しただけだ」というアメリカ人の謝る言葉が全然なかったことが印象に残っている。

 (3)「サングラスを買った男が最初の客」・コンビニ時代の開始
 1960年ごろ、日本人の大半の人が午後10時前後にと床に入っていた。これが1975年になるとその時間に寝ているのは、4人のうちわずか一人、日本人の生活時間は完全に変化した。第一に受験生を中心とする深夜族の急増である。夜中まで起きていれば腹が減る。これに目ざとい人が目をつけないわけがない。こうしてコンビニ時代が幕を開ける。1974年
(S.49)5月15日、イトーヨーカドウのセブンイレブン一号店が、東京・豊洲に開店する。「土砂ぶりの雨の朝、サングラスを買った男が最初の客でした」当時の店長が語る愉快な回想です。日本列島はたちまちにしてコンビニエンスストア(これが正式の名)でうまった。
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備考:'08.3.7.第59回NHK放送文化賞を半藤一利様が受賞された。おめでとうございます。
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