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経済気象台(7)・エコノミストの役割
暫く経済気象台の文章続けます。
日本のメディアには、しばしばエコノミストに関する記事が載る。内容を見ると、経済見通しが外れる。経済現場の実態を理解していない、経済学を知らないといった能力、資質にかかわる批判から、数が多すぎる、しょせんはサラリーマン、といった職業としてのエコノミストを揶揄するものまで、様々である。読んで見るともっともな指摘もあり、経済や政策の分析、景気見通しを生業とする人間としては、耳が痛い。エコノミストの数は、経済規模の違いを勘案しても、アメリカの方がはるかに多いだろう。メディアには多彩なエコノミストが入れ替わり立ち代わり登場するし、企業を訪問しても官庁を尋ねても、必ずといっていいほどエコノミストが現れる。しかし日本との決定的な違いは、エコノミストの判断が十分尊重されることである。産業や企業、市場の分析や予測は、エコノミストの経済予測の上になり立っている。
税制改革から規制緩和、競争政策に至るまで、政策の立案と実施に関しては、その効果に対するエコノミストの定量分析と評価が前提となる。その予測や評価が、専門知識と経験、洞察に裏打ちされ、かつ的確であるがゆえに、エコノミストは信頼されている。
翻って、日本のエコノミストはどうか。予測が外れるとの批判は時として受け入れざるを得ない。サラリーマンであることも、現状では致し方ない。しかし、エコノミストの仕事が十分に活用されてこなかった事も事実である。経営者や政治家がエコノミストの意見に耳を傾けていれば、80年代後半のバブルはあそこまで大きくならなかった。エコノミストによるマクロ的見地からの経済診断や展望は、中期的な経営リストを判断する際の重要な指針となるはずだ。エコノミストを批判・揶揄して溜飲を下げるのは勝手だが、彼らをいかに活用するかを考えたほうが、より生産的である。2005年9月1日 '05.6.27.朝日新聞
備考:世の中は変化する、科学は技術革命によりどんどん進歩するだろう、それら科学技術を駆使し、より精度の高いものが社会からエコノミストにも要求されていくだろう。