散歩道<5533>c
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世界の窓・テロ抱え生きる道探る
米国人コメンテータが「これは私達が戦争状態にある世界に暮らしている」といった。「いや違う・ロンドンの教訓はそんなものではない」ロンドンは直接体験として戦争がどのようなものかを知っている。第2次世界大戦の記憶は煉瓦と石に刻まれており、それはニューヨークにはまねのできるものではない。7月7日の爆破事件は45年以来、ロンドンで最多死傷者を出したものの、米国のコメンテーターが想像するような意味での戦争ではない。戦争で勝利するのは軍だ。こうした事件は今後も繰り返されるだろう。テロとはヒットラーに国防軍のように打ち負かすことの出来る単一の軍隊ではなく、大量殺害技術の「進歩」で簡単に使えるようになった技法、すなわち目標を達成するための手段だ。私達は他の日常的な脅威と同じように、ある程度はテロを抱えながら生きる道を探さなくてはならない。これこそ今回ロンドンがもっとも堂々とした態度を示した点である。ロンドンの治安当局は問題はテロ攻勢が「あるか否かではなく、いつあるかだ」だと警告している。英国人の冷静沈着ぶりとその決意は、主に30年に及ぶアイルランド共和国との爆弾テロの経験、そして国民気質を表している。「とにかく、やっていこう」という姿勢は普通のテロリストたちに示せる最善の答えだ。安全という名の下にどれぐらいの自由を犠牲にする用意があるのか。米英などが市民の自由を削った上で安全保障国家に突き進むという真の危険も存在する。しかし、これはすべきではない。安全が保障されることなく市民の自由が犠牲になるからだ。私個人としては、テロ攻撃で吹き飛ばされる危険性が少しばかり高くとも、より自由の方を選ぶ。残虐行為に消極的な態度を取るという意味ではない。米国フォックス・ニュ-スでコメンテーターが視聴者を説き伏せようとしたようにイラク又は別の「敵」を攻撃する為、軍備増強をめざすことでもない。必要なのは高度な警備力と知性ある政策だ。アルカイダをアフガニスタンから追い出す際に武力行使に訴えたのは間違いではなかった。対照的にイラク侵攻が誤りであったことは1段と鮮明となり、テロを撲滅するよりむしろ確実に増加させている。しかし今となっては犯した過ちの枠組みの中で最善を尽くすしかない。今回のテロ攻撃の対応で何よりもしてはならないのは、イラクから慌てて退散することだ。むしろ、今こそ民主主義国が足並みをそろえて、平和かつ部分的にでも、自由なイラク建設をする大儀を唱え、3年前のように新保守主義の高慢さを吹き込まれることなく、夢から覚めた米国に占領政策の転換を一段と促す主張をすることだ。イスラムとパレスチナの平和調停が実現すればイスラム系テロリストの勧誘隊員の排除につながるであろう。そして、広く中東に近代化、自由化、そして最終的には民主主義を進めることがテロリストを干上がらせる唯一確実の方法だ。ここでも直ちに目を覚まし、行動を起こす必要があるのは米国でなく欧州だ。今日ではハルツームやカンダハルで起きている出来事が、ロンドンのキングクロス駅とラッセルスクエア駅の間を走る地下鉄の人々に、時としてその命さえ奪うような影響を直接与える。外交政策などというものは存在しない。これこそが恐らくロンドンの教訓の一番深い部分にあるものだ。2012年7月11日
'05.8.3朝日新聞、ティモシー・ガートン・アッシュ英オックスフォード大教授
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