散歩道<5341a>
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散歩道5345歩くことは新しいことに出会うこと。考えをまとめる
 
殆どの作家の共通の悩みが文章の一歩を踏み出す事だとは<5344>の項でも記述している。多くの場合には旅行したり、音楽会や講演会に出席したり、色々な人と話す機会を持ったりするのが、私の場合は、散歩したりしている時が一番考えが整理できるように思う。
 最近
は初めての町に行ってみて自分が知つたのは地形によって街並みがどれぐらい変わるかということを知ったことである。町全体が上がり下がりしてどんどん膨れ上がった街並み、ここで暮すお年寄りには、買い物や日常の生活が大変だと気が付いた、地方の過疎地に住む高齢者が買い物に行くのにどれ程苦労しているか、日頃行きつけの店が閉じられたために交通手段に苦労しているかという話に、今回見たのは大都会の中の街並みではあるが田舎と同じようなことが起こっているに違いないと、ここでは皆が気軽に利用できる、タクシーなどの仕事を皆の為にやろうと考える高齢者等が出て来る事も人助けになるのではないかと今日は本当に思ったものである。この話などは、机の前で何ぼ考えても思いつく話ではない。歩くということは、健康にも考えを纏めるにも、自分の気持ちから出来る良い方法であることのようだ。
<検>スポーツ、<検>発想、

散歩道<5344>丸山明宏さんと脚本家中園ミホさんの対談
 '14.9.14.NHK丸山明宏さんと「アンと花子」の脚本家中園ミホさんの対談は面白かった。この話に登場する男性たち、素敵な男性達だ。その個性や女性から見たらどうだという意見等、叉、戦争当時、国内ではどのような統制が一般家庭まで及んでいっていたのか、同盟国以外の外国をすべて敵として捕らえ、外国文化に接することまでも民衆からもその人達や家族を攻撃する、それが日本の為であると考える、世の中の風潮など戦争をするということが如何に間違った行動を国民皆に強いることになる。食糧事情は極端に悪くなり、普通に生きる事が本当に日本中厳しくなる。
 年齢に関しては自然の時間の流れで、それに立ち向かおうとすることは愚かなことだ。若さは宝石である。殆どの作家の共通の悩みは文章を書きだす一歩を、どんなに苦労して探そうとしているかという話。最後に訴えておられたのは、戦争はどんなことがあってもやってはいけないということだ。
<129><検>戦争


散歩道<5343>'14.9月はどんな日
 
8月20日、土砂災害に見舞われた広島市安佐北区の土砂災害の復旧作業は2週間後の今も続いている。
 1日に発売された女性雑誌では京都。大阪、奈良、神戸、滋賀と絵画・美術展のスケデュールが目白押しである。どれかには必ず見に行きたいものである。これ等が、日常の予定に組み込まれる。
 3日には第2次安倍内閣の閣僚人事が発表になる。楽しみである。
 散歩中にテープに取った最初の音楽やテレビのナレーションを聴きながら「坂の上の雲」の主題歌や、渡辺健さんの声を思い出している。叉、業界のOB会や同窓会での挨拶歌った
曲の練習等を聞きながらこの4~5年間を聞いている。最近になって、テープをラジカセで以前に車で聞いた懐かしい、五輪真弓の「鳥になれ」、ナッキングコールの「トウ・ヤング」、デトリッヒが歌った「リリー・マルレーン」等聞くと、今更ながらこれらの曲が楽しく、懐かしいものであることを再確認している。
<検>音楽、<検>時間、

散歩道<5342>'14.7月、各地で大水害や土砂災害頻発
 日本は台風11号・12号が日本を通過してからも連日のように全国的に記録的な大雨や土砂崩れが起きている。その量も当地区で降った雨の何十年振りとか半年間に降った量が1日で降ったという記録的なものが多く、地域により、避難指示がなされた。土壌はどの地区でも山崩れや崖崩れが起きる可能性があるように思う。
 17日の京都丹波北部の局所豪雨、関東では竜巻が、20日夜発生した広島市安佐北区で発生した土石流は想定範囲を超すもので、県の危険個所100m離れた住宅地に押し寄せた。土砂災害で死者・不明者で85人近いと云われる。その後も雨の心配は引き続きあるようである。これ等の原因の一つは地球温暖化の自然環境の変化、日本海水域の水温の上昇の他、今回は特にバックビルディング現象や、まさ土で出来た表面の地層が表層崩壊を起こしたのではないかと云われている。

散歩道<検>環境、<検>災害

散歩道<5341>
CDB再生科学副センター長の笹井さんの死

 今年の1月から連日マスコミをにぎわしていたSTAP細胞の報道が副センター長笹井芳樹さんの8月5日の死によって早くも忘れ去られようとしている。事の発端は新発見と発表されたSTAP細胞のネイチャーに投函された論文を巡って多くの間違いの指摘等による、論文取下げに伴う共同執筆責任者としての取り方、組織の運営者としてのこの問題をどう解決すべきかという、2つの問題にからんでいる自分の処遇をどうしてよいか解らなくなり、精神的に追い込まれていかれたのではないか。彼はこの時は病人(医師であるが)だったのだと思う
 無理矢理にでも入院させられていたら命は救われたのではないかと思う。彼の遺書や、仲間の人の話に、原因がバッシングや、CDBの存続が困難という結論に大変なショックを感じられていたという。彼の死は、日本の医学界や薬学界の進展を遅らせた事や、今病気で病んでいる患者から(希望)新しい医薬品の出現の夢を消しかけたと思うと、大変な損害を我々はこうむったことになる。残念なことである。<検>災害、<検>環境、<検>科学、