散歩道<5050>
グルーグマン・コラム 失業問題
「構造的」と逃げず需要増を(3) (1)〜(4)続く
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では、何かに取り付かれたように、私たちの問題が「構造的」なものだとひたすら断言しようとするのは一体どういうことか? そう、要するに、取り付かれているのである。経済学者たちはここ数年、この問題を議論してきたし、構造主義の提唱者たちは、どんなに反対の証拠が提示されても自説を曲げないだろう。
その答えは、「問題は根深く、構造的だ」と主張すれば、行動しないこと、つまり、失業者の窮状を緩和するために何も手を打たないことの言い訳になるという状況にあるのではないだろうか。
もちろん、構造主義者たちは、言い訳などしていないと言う。彼等が言うには、真の論点は、その場しのぎの解決策ではなく、長期に目を向けるべき点である。とはいえ、たいていは長期政策が具体的にどのようなものになるか全くもって分からない。はっきりしているのは、長期政策が労働者や貧困層に苦痛を与えるという事実だけである。
いずれにしても、ケインズは80年以上も前にこうしたやからを知っていた。彼はこう記している。「だが、この『長期』というのは、現状に対する指針としては誤解を招く。『長期的に見ると』われわれはみな死んでしまう。嵐が吹き荒れるさなか、経済学者が『嵐が遠く過ぎ去れば、穏かな海がまたも戻ってくる』としか言えないのであれば、彼らが自らに課す務めはあまりにも安易で、あまりに無用である」
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