散歩道<4981>

                            インタビユーオピニオン私たちはつながり始めたのか(4)・                            
                            AKBにはある 参加し選ぶ楽しさ 祭りを取り戻せ

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・・・・でも、「われわれ」なんてヘタに醸成されたら危ないということを、歴史は教えてくれます。
   「『われわれ』自分の意見を持たず、付和雷同的で何をしでかすかわらない。だから彼等を教え導くリーダーが必要なのだ、という発想で日本はここまでやってきたと思います。しかし、ソーシャルメディアの登場で、そういう大衆観は書き直されるべき時に来ているのはないか。個人が賢くなったわけではないかもしれませんが、ソーシャルメディアが媒介する集合体としての力量は上がっています。例えば東日本大震災では有益な情報が素早く伝達され、その一方得流れたデマは。すぐさま検証され、訂正も早かった。集合体として決定的なミスが少なくなっているのは確かです」
   「政治家はソーシャルメディアを活用し、名もなき人々のつぶやきに耳をそばだて、自分の立場を調整していく柔らかさを身につけた方がいい。政治はまだ、ソーシャルメディアをビラまきの道具としてしか使っていない。双方向性という特性を、もっと活用すべきです」
・・・・とはいえ、賢い個人が支える社会の方がよりよい社会でしょう。
   「自律的に判断する能力があって実名で堂々と意見を述べることができる。西欧流の理想の市民像に照らせば、日本にはどうせ『匿名の二流市民』しかいない。でも、いいじゃないですか、それで。二流市民の可能性に賭けてみるべきです。二流市民には金はないけれど暇はある。善意もボランティア精神もある。それをどう政治的な回路につなげ、社会を変える原動力にしていくかに知恵をしぼった方が、西欧の猿まねを繰り返すよりはるかに生産的です」
   「選挙制度改革の失敗ではっきりしたように、どんなにうまく制度設計しても、狙い通りに社会が変わるなんてあるはずもないんです。社会とは複雑多様なシステムが絡み合ってなぜだかうまく回っているものですから。一級にならねばと、社会に根っこを持たない制度を移植してもうまくいくはずがない」


'12.9.14.朝日新聞 批評家・濱野 智史さん

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