散歩道<479>
散歩道・面白い話・大集合(31)・2300回記念
201.私は日頃思う、頭で考えるより体で行う中で識ろう、インド人がはだしで土を踏む様な心で絵を描こう、雨が降ればぬれて当たり前、海洋の人々が波濤を頭からかぶって平気な様な気持ちで、凡てを享受しておそれない心で絵をかき度い、祈りながら。(会場に紹介された言葉である)散歩道<2314>
202. 京都の美山町に住んで、春になって山肌に雪が模様のように残り、暖かな陽射に照らされて、銀色に光っているのは、その寒さの表現を、様々な金属を使って表している。(余り寒いのでその表現をするのに、いろいろの金属を使った。)散歩道<2314>
203.豊作の時は白い布キレか、何かを3bほどの棹の先につるして(豊作だった、我々は戦うことが出来るのだぞと)、と他の集落の皆に誇示するのだそうだ。又、別の部落の住民と長さ3bほどの木でしばきあう戦いをするのだそうだ、それは血は出ても殺しあいというものではなく、年寄りはそれをただ眺めているのである、ただそれだけであるという、この話が本当にこの人達の日常の生活のように思えた。散歩道<2322>
204.暁斎の作品で、閻魔さんが鵜匠に鵜に魚を取らせながら、餌として魚を与えたか調べている話、散歩道<2321>
205.榊莫山さんの、いろはうたが、うまく植物に合ったイメージで使われていることや、その優しい心ずかいの言葉が何とも楽しかった。アサキユメミシ(ツクシ)、アサキユメミシエヒモセズ(ヤマボウシ)、(ハナミズキ)、イロハニホヘトチリヌルオ(コチョウラン)、ウイノオクヤマケフコエテ(フキノトウ)、風アルトキハ風に酔い(モクレン)、妖艶 サレドオゴラズ(ボタン)、ワカコタレソツネナラム(ミツマタ)、散歩道<2279>
206食べられる食器・オムレツ
今は、ナンバーワンンの座をハンバーグに譲ったものの、子供の好きな食べ物といえば、明治以来王座を1人占めにしてきたのがオムレツ、西洋伝来の卵子料理の1つで、明治4年半ごろ、浅草にできた洋食屋のチラシに、「オームレツトは玉子焼、ビフパンは日本鍋・・・・」などという解説つきのメニューが刷り込んであったところを見ると、その頃から、庶民に人気のあった食物のようだ。このオームレツト、どういうわけか丸い形のものよりも、半円形のほうがおいしいそうな感じがするが、もとの意味がフランス語の、「半円形のうすい皿」だと聞けば納得がいく。お子様でも食べられる食器、これが「オムレツ」というわけだ。樋口清之様
207ついたちの決算日「カレンダー」
古代ローマでは、毎月のついたちのことをカレンデー(calendae)とよび、ローマ市民にとっては大切な意味を持っていた。というのも、この日に金銭を貸し借りしたり、利子を集めることに決まっていたからだ。今でいう決算日ともいえるが、こうした収支は、当然間違いのないように会計簿に記帳された。この故事から、会計簿をカレンダリュム(calendarium)というようになった。今でも、家計簿にちょっとしたメモをしたり、することがあるが、カレンダリュムも、メモなどに併用されるようになり、金銭の収支収以外にも使われるようになった。これが、現在の「カレンダー」の始まりであるという。樋口清之氏