散歩道 <453>

          散歩道・1000号記念・面白い話・大集合(5) 17回に分け散歩道<449>(番)〜<465>(118番)報告します。

45.-1、天声人言から:人は何かをする場合、
いつもがんばれという、何も頑張るばかりが、全てではないと思うのですがね!・・・・・・・数学者の森毅先生
46.6年前フランスルーブル美術館で、絵画や美術品を堪能し、シャンデリゼ通りを凱旋門に向かって歩いていた。遠くにはエッフェル塔が実に美しく空高く輝いて見えた。この都、パリの土産に何を買おうかと絞りきれずにいた。折角の憧れの記念に、日本に持って帰るためスーツを買う事に決めた。今までこの通りを歩いて見て、この店のスーツが私に一番似合いそうな気がした。これはと決めた以上店の名前ぐらい覚えておきたいと、この店の看板を見て驚きまたがっかりした。それはまさに日本の「はるやま」であった、何もこの店をけなしているのではない,花の都パリのシャンデリゼ通りで一番素晴らしい店がこの店であった。日本人として嬉しくもあったが折角2日間もかけて又振り出しに戻ったことが、ある意味では残念であった。(今はこの店はないらしい)。関連記事:散歩道<807>あれがパリの灯だ
47.トイレの高さ・信号の早さ外国空港に着いてまず外国を最初に確認するのはトイレの高さであろう。始から日常の日本とは違うことに落ち着かない不安が起こるものである。ドアを閉めても足が外から見える状態は、なんとも落ち着かないものである。洗浄の水を出す所がどこか確認するまで、用を済ますのに時間がかかるものである。関連記事トイレの高さは散歩道<245>にあります。又、ギリシャでは紙は一緒に水に流すことは出来ない。
48.(オーストラリアゴールドコーストで)ほとんどの人が車で行動している為、現地の人もバスに乗ることはほとんどないそうだ。店にいる日本人にバスの停車場について聞いても解る人はほとんどいない。事情もよくわからず、英語も得意でないが、兎に角乗るには乗ったが、バスの運転手からどこで降りるのか?と聞かれ、次の停車場くNext Station>と言って、降りようとしたのだが、バスの運転手はその停車場の名前を乗客の私が正確(知らなかった)に言わなかったので、色々と質問を受け、なかなか降ろしてくれないので困った。(笑いたくても笑えない話であるが、後でわかったところではNext Stationというバスの停車場?はないというのである)
49.同僚との酒の席で、話が弾んで定年後のこれからの生きていく事についての話になった時に農業を軽蔑しているわけではないが何もなければ故郷にかえって百姓でもやるというような結論になりかけた。その席に百姓の厳しさから逃れて今の仕事とを選んだという人がいた。彼が言うには、皆が言うように簡単なものなら私はこの席にはいませんよ!、一気に座がしらけたことを思い出す。この話には後が続くが片手間に農業はやっていける程甘いものではない!。商品として店で売れる大根は、何しろまっすぐに作れなければ売ることはむずかしいのだ(ほとんど素人が作ると曲がるか二又になるらしい?)ということである。
50.例えば、油絵を学ぶために明治以来、大勢の絵描きさんたちが、夢を抱いてフランスに留学したわけですね。そこで近代美術を勉強し、西欧の文化を肌で感じながら生活したら、かならず、素晴らしい油絵が描けるようになると信じて、意気揚揚といくんです。だけど、思うように描けない。日本人の描く絵はなぜか水っぽいと、感じてしまう。そのうち、まず油絵を描く為には、心身ともにしっかりしたボリュームがなければならない。全身にみなぎるほどのエネルギーがなくては油絵は描けないんだと思う人が出てくる。日本画は、線の1本1本を細やかに、繊細に描かなければならないけれど、油絵はちがう。荒々しい造形感覚やエネルギーがなければだめなのだ。油絵を描く為には、血のしたたるビフテキを食わなきゃいけないと考えるんです。それで、その人は30年間ビフテキを食べつづけた。その結果、最後に悟ったのは、肉を食うのは、1代ではだめだと。代ビフテキを食わなきゃ油絵は描けないと。・・・・・(五木寛之様気の発見)