散歩道<4276>

                       経済気象台(647)・安全神話ゆえの人災 
 
 震災と津波に伴う福島原子発電所の事故は天災なのか、人災なのか。過去、このような事故に対する漠然とした不安を、専門家と称する学者や電力関係者は、何十年にもわたり無知なるが故の根拠なき不安として一笑に付してきた。この素人の不安が現実になった今、また地震と津波で打ちひしがれた人々に追い討ちをかけるような今回の原発危機に、専門家たちはどんな申し開きができるのだろうか。
 海外メディアは技術の発達した日本でさえ避けられなかったのだから、原発には本質的に危険性があると報じ始めている。電力の8割を原発に頼るフランスでも、その見直しを訴える声が上がり始めた。温室効果ガス削減、そして新興国の電力源として、原発はもはや切り札としては使えないと見られ始めている。
 理論物理学者の故武谷三男は、原子発電の必要性は認めたうえで、推進派が主張するような絶対安全という前提で進めてはならないと、すでに30年以上前に指摘している。危険なものだという前提で、リスクを十分織り込み理解したうえで開発を進めるべきだと主張してきた。しかし推進派は、危険かもしれないという声を否定し続けてきた。その意味で今回の事故は明らかに人災である。
 更に、今回の事故対応は、実に日本的な問題を見せつけた。それは起こりうる最悪の問題を前提にして抜本策を講じるのではなく。起こる事態を後追いするように逐次投入的な対策を講じたことで、それも事態を悪化させたといえる。その意味でもこれは人災
*1なのである。
 今回の危機ができるだけ早期に解決することを祈ると同時に、この経験を人類の経験として生かすことが不可欠だろう。


'11.3.19.朝日新聞

関連記事:散歩道<640>-1,阪神・淡路大震災、村山富市氏1これからは人災になる、<検>災害、<検>社説、