散歩道<4270>
                                  オピニオン・歴史のいま
                       
復興は必ずできる東洋のポルトガルそれも悪くない(5)                   (1)〜(6)続く                    

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電力の問題も今後の国のありようを変えるでしょう。首都がしょっちゅう停電する大国、などと言うものはありません。電力不足が長く続くとしたら、今の東京の姿ではやっていけません。
 ではどうするか。これからも「田舎で電気を作り、都会で電気を使う」構造で行くのでしょうか。
 周波数変電所を増設し
西日本からの送電をもっとできるようにすべきだという議論もあります。しかし、更に「地方」から引き出してまで東京の電力消費を維持・拡大することでいいのでしょうか。
 現代企業は電力がなければやっていけません。このまま首都の電力の回復が遅れたら、他の地域への移転が進むでしょう。こうした動きを逆手にとって、むしろ企業や役所や大学の一部を「地方」に分散して東京の電力需要を減らすことが大事です。バランス回復の早道であり、そうすれば全体としての日本の姿もいくらかよくなると私は思います。
 
18世紀当時、近代世界システムの真中にあったロンドンは、政治・経済・文化すべてが一極に集中していました。一方、当時世界システムの外にあった日本では、政治=江戸、経済=大阪、文化(権威)=京都と中心が三つの都に分かれていて、安定した、いい形だったと私は見ています。開国後世界システムに巻きこまれるなかでも日本も一極集中が進んでいったわけですが。
 予期せぬ事態が人々を移動させ、国や都市の姿、経済の形を変えたことは世界史の中でも例があります。
 想起するのが17世紀のロンドンです。大陸から入ったペストが大流行し、人口が大きく減ってしまいました。当時ペストは黒死病と呼ばれ、治療法のない伝染病でした。ロンドンでは毎週、教会の教区ごとに死亡した人の数を集計していて、それが増えると金持ちたちは地方へ逃げ出しました。
 逃げた先の一つがリバプールでした。当時のリバプールは今と違って田舎の港町でしたが、ロンドンからの商人がいっぱい逃げてきて、それで発展していきました。
'11.4.1.歴史家、大阪大名誉教授・川北稔さん

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