散歩道<4174>
講演会・時空を超える弥次喜多の笑い(2) 自分流に纏めた
5、浮世絵は、江戸時代を通して、ハイソサイティーに江戸文化として脈々と生きていった。京都では、浮世絵は、お上(おかみ)のものを取り入れ、自分のものとして、町人衆に広まっていった。1616年の洛中洛外図の風俗画に、食べ物 台所、色町の世界が描がかれているが、気の利いたウイットや軽妙な機智に富んだ洒落や、坊さんが書いた落語など、エネルギーをほうふつさせる内容で一杯だ。
普段を描いた絵に挿(さし)絵は必要であった。宮廷で、エリート(軍人・武士)達に、巻物、挿絵の中の戯作は、高尚な笑いを誘ったが、連歌、俳諧と比し、下に見られた。それらは、しかし琳派、狩野派、土佐派に亘って描かれていった。(描かれていた中身は言ってみれば、区分し難い、ごちゃ混ぜの文化である。)
6、風俗画は、夕涼み、花火等、挿絵の中身は、笑いの絵画が中心になっている。又、絵すご六(道中、五十三次、出世)として日常の庶民の中でレクレーション(レジャー)としてよく取上げられ、使われた。(江戸時代の初めから))
7、江戸時代、オランダとの交易は、長崎の出島から、ヨーロッパ文明が入ってきた。又、朝鮮との交易は、朝鮮通信使によってもたらされた。
ピカソの絵やデッサンには、落語的な洒落や軽妙なやり取りはない。又、ゴッホは浮世絵に大変な興味を示した。
春画は、スペイン、フランス、南米で流行った。昨年、韓国ソウルで、艶本、春画等の春画展、バラエティー展示会が開かれた。面白いものは、世界中で人間
皆で笑得る共通の財産なのである。
8、「東海道中膝栗毛」は、昔、書かれ今も読み継がれている書物「古典」である。(転じて、何時の世にも読まれるべき、価値・評価の高い書物なのだ)。
くだけた笑いの精神が普遍性をもたらす古典として(少し下品な点?はあるが、それ以上の魅力があり)残っていく書物であろう。
'11.2.15.講演会・時空を超える弥次喜多の笑い・・小説から浮世絵まで・全南大学副教授・康 志賢さん
関連記事:散歩道<検>講演会、対談、
![]()