散歩道<3357>
opinionn私の日韓・100年の明日・ニッポンとコリア・(3) (1)〜(4)続く
日本が好きと思える日めざし
総督府 壊した理由
・・・・軍事独裁下で民主化を勝ち取る激しい闘争を展開しました。
「当時、圧力を掛けられた韓国メディアが民主化闘争を殆ど報じない中、日本の新聞は私の発言を一面トップで伝えた。日本人に最も強い印象を持つようになった。本当に感謝しています」
・・・・旧朝鮮総督府*3の建物撤去を決めましたね。政権浮揚のための「反日カード」としての政治利用だったという指摘もあります。
「それは違う。だって就任前から決めていたのですから。総督府は、日本支配時代の象徴で屈辱的な存在だった。私は野党時代、日本の高校生等が総督府を背景に写真を撮るという話をきいて、見にいったことがある。実際、日本のある家で、総督府の記念写真が大のばしにされ、飾られているのを見ました。絶対に誰にも言わなかったが、『大統領になったら必ず壊そう』と決めていたんです」
「政府内にも反対はあったし、新聞は撤去反対キャンペーンを張ったが、今も正しい判断だったと思う。あれがある限り韓国人も日本人も支配の過去を思い出す」
・・・・在任中、対日関係がぎくしゃくしたこともありましたね。
「私の任期5年間の日本の首相は5人。トップ同士の緊密な関係が大事だと思い、新首相就任のたび「協力していきましょうと」と電話を入れたが、ころころ変わるので何とも切なかった。個人的に一番親しかったのは橋本(龍太郎)さん。一緒にお酒を飲むと、私を『兄さん、兄貴』*1とよんだ」
・・・・日本軍慰安婦問題なども在任中にでてきました。
「韓日国交正常化でこの問題の区切りはついたと思う。だから私は韓国政府が責任を持つということで補償制度をつくりました」
'10.1.27.朝日新聞・元大統領・金泳三(キムヨンサム)さん
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備考:<3172>総督府*3の写真・私がソウルを訪問したときにはまだ撤去されていなかった。