散歩道<3334>
新・大きな物語 不安に満ちた時代こそ・ 「創」 (3) (1)〜(3)続く
本物志向新世代の筆に希望
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海外から重量感がある物語をもってきているのは、舞台の世界だ。昨秋評判になった新国立劇場の「ヘンリー六世」とBunkamuraの[コースト・オブ・ユートピア」。ともに3部構成で9時間を超える.前者は英国の王権争いを描くシェックスピア史劇。後者は英劇作家トム・ストッパードによる、革命を志した19世紀ロシア知識人の群像劇だ。
「ヘンリー六世」を演出した新国立劇場の鵜山仁芸術監督は「一つの視点ではない大きな物語だから多くの観客に支持された」とみる。突出した主人公がおらず、多くの人々の思惑が絡み合い、数十年の間に個々の考えもめまぐるしく変わる。その重層性が、歴史の歯車を回す原動力は小さな個人の行動一つひとつなのだと実感させる。
東京外国語大学の亀山郁夫学長(ロシア文学)は「コースト〜」の上演に、物語に対する現代人の渇望を感じ取った。「閉塞(へいそく)したロシアを変革しようとした実在の人物をスター俳優が演じる。彼らが世界をつなげてくれるとの期待が客席に満ちていた。60年代風にいえばウッドストックのような」
新自由主義、原理主義。ネット社会。世界を覆う潮流が、旧来の共同体を次々と破壊した。結果として起きた9・11テロやリーマン・ショックが、現実の脆さを露呈させた。「ここまで人間が分断された時代はない。共同体を再構築するための物語を求めるのは、人間の本能的な自己防衛行動でしょう」
では、日本の戦後世代に、借り物ではない大きな物語は描けないのか。亀山さんは前向きに見ている。昨年大ベストセラーになった村上春樹*1さんの『1Q84』(新潮社)を「21世紀版ドストエフスキー」と呼ぶ。「読者を曼荼羅(まんだら)的な、無意識の世界へと降り立たせる」
ほかにも、20世紀初めの知識人の生を描いた辻原登さんの『許されざる者』(毎日新聞社)、大正から平成へ続く一族のドラマを3部作に仕立てた高村薫*2さんの『晴子情歌』『新リア王』『太陽を曳く馬』(いずれも新潮社)を挙げる。
人気が再燃するドストエフスキーも、革命へ向かう混迷の19世紀ロシアで総合小説を紡ぎ続けた。歴史観を持てないのっぺりした時代に、大きな物語は生まれない。確かだと思っていた足元の岩盤が崩れ、不安に満ちた時代にこそ、新しい大きな物語は創造される。少なくとも2010年はその過度期にある。
'10.1.11.朝日新聞
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