散歩道<3287>
面白い文章・半藤一利様の話・「華を去り実に就き」・「ただの夏目なにがしで・・・・・」
「華を去り実に就き」・戊申詔書(ぼしんしょうしょ)の発布・1908(明治41)年
司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』は、サムライ精神にみちた素晴らしい「明治」を描いて、読書に感動を得たが、あくまで小説である。明治という時代がすべてさわやかであったのか、といえば、必ずしもそうではない。とくに日露戦争後の日本は、そうとうタガの緩んだ国家となっていた。
戦勝におごって、手前本位のいい気な人間の続出となったのである。立身出世主義、金権主義、その基盤の上に快楽主義と世は乱れた。これでは日本がおかしくなると、第二次桂内閣は憂いに憂いて、明治天皇にお願いして勅語を奏請した。これが1908(明治41)年十月一三日発布の戊申詔書(ぼしんしょうしょ)である。いまの世にも通じる大事なところを引く。
「戦後日なお浅く・・・よろしく上下心を一にし、忠実業(ちゅうじつぎょう)に服(ふく)し、勤倹産(きんけんさん)を治め、これ信(しん)、これ義(ぎ)、醇厚俗(じゅんこうぞく)を成(な)し、華(か)を去(さ)り実(じつ)に就(つ)き、荒怠(こうたい)相誡(いまし)め自強息(じきょうや)まざるべし」
どんなものか。「華を去り実に就き」なんて、いまの世の中にも一番必要な心得かも知れない。
「ただの夏目なにがしで・・・・・」・夏目漱石の博士号拒否・1911((明治44)年
「小生は今日までただの夏目なにがしとして世を渡って参りましたし、是から先も矢張りただの夏目なにがしで暮らしたいと希望を持って居ります。・・・右の次第故、学位授与の儀は御辞退いたしたいと思ひます」
一九一一(明治44)年二月二一日、夏目漱石は文部省学務局長あてに、このような手紙を書いて文学博士号を受けることを断わった。文部省はびっくりして、「すでに発令済みにつき、いまさら御辞退の途もこれなく候」と強圧的に押し返してきた。怒った漱石は、
「小生は・・・・御受けする義務の有せざる事をここに言明いたします。・・・・現今の博士制度は功少なくして弊多き事を信ずる」
とさらに突っぱねた。
人々は、何とへそ曲がりのことか、とあきれたが、漱石にとって、へその問題でなく主義にもとづく博士号辞退であった。このような官制の栄誉は、かえって学問や芸術の自由な発展をさまたげると、漱石は文部省にあくまで盾(たて)をついた。気持ちいい話である。