散歩道<3030>
美術展・躍動する魂のきらめき・日本の表現主義
'09.7.兵庫県立美術館、先日見た、「白樺派が愛した美術展」と同じような年代と当時の風潮に近い印象を観じた。何人かの画家はどちらにも席は置かれている。絵画、小説、挿絵、表紙、(こった)写真、(オシャレの)工芸品、(映画館や雑誌の表紙の)広告、(モダンな)建築に、音楽に、私が生まれる前の時代に、これらの芸術家が社会全体の色々な分野で、一つの塊として高揚した時代があったことに気づかされた。このような事実は明治時代に列強と肩を並べられるぐらいに成長したと、自信らしいものが国民に芽生え、その思いが今まで抑えられていた気持ちに反発し、新しい時代を目指して日本人のドグマのようなものが爆発したのであろうと日本人の情熱を感じ、嬉しくなった。
日本は明治以降、戦争に継ぐ戦争で、国力の大部分をそちらにとられ、散歩道<88>大正時代は特に軍事費にGNPの60%とられた。文化らしいものはほとんどなく、重く暗い時代を生きてきたと思っていたので、少しホットしたものを感じた。国民の気持ちが必ずしも落ち込んでばかりではなかったと考えられるし、そこに描かれた絵は全体的には暗いが、現代と描かれたものだと思えるようなものも数多くあるし、社会背景とは関係なく(逆に?)人の心はいつも新しいもの、夢を追うていたのだと、思った次第です。
写真に関しては、隋分、芸術的な作品が目立つ、苦労されてつくられたのではと予想した。現代の華やかなカラーとカメラの大衆化、進歩による画面の大きさや、精密度が高くなって製作された作品とは違う面白さがあるように感じた。
このような企画をして頂いて、見て、又聞いてみないと、日本の歴史にがっかりしていたと思う。(下記の美術展で今回と同じような感じを持った)。
このような事実はあまり、知らされていなかった(私が生まれる以前の時代の事実だからかも知れないが)、又語られては来なかったことは、日本人として誇りを取り戻す意味から大切と考えると*A、問題である。
関連記事:散歩道<1020>ボストン美術館所蔵浮世絵、<1667>ギメ東洋美術館所蔵浮世絵、<2650>美術展・蒔絵、<3019>白樺派が愛した美術、<3024>*A表面性を乗越えよう・日本の歴史と、日本文化、