散歩道<2973>
この文章を読んだ時、生きているということは、このようなことをいうのではないかと、感じたので書かれた通り紹介する。
世界が少しばかり見えてくる。来月初め、バイクでユーラシア大陸横断の旅へ(3) (1)〜(3)続く
温度や湿度を五体で感じ、音や匂いが皮膚から沁みこむ
悪戦苦闘の揚げ句にささやかな、しかし確かな真実と希望とに出会う体験、それが旅だと私は思う。それを信じて、私は私の旅をする。秩父の寒村や沖縄を訪ねて歩き、地味だが心のこもった絵を描き続けた父のように。たとえそれが壮大な無駄であったとしても、どこへも辿り着かない徒労であったとしても、私には旅への衝動を押し殺すことが出来ない。
人は誰も、生から死へ至る途上を生きている。人生は過程(プロセス)だ。どこに辿り着いたか、何を得たかではなく、今、どこに向かおうとしているのかが肝要ではないだろうか。
南米大陸への旅を始める時、23歳のゲバラは日記にこう書いている.「その時の僕らは、その旅が意味するもののすべてを理解していたわけではなかった。僕らに見えていたのは土埃と、オートバイに跨って北へ北へと走り続ける自分たちの姿だけだった」
今の私の気持ちも同じだ。旅を始めるときがきた。
'09.6.17.朝日新聞・作家・戸井十月氏