散歩道<2930>

                     経済気象台(439)・環境と安全と家族の時間

 インターネットを使えば、世界中の情報を容易に手に入れることができる。携帯電話なら、移動中でも世界中の人たちと一瞬のうちに連絡が取れる。少し前までは、考えられなかったことが、今では、できて当たり前のことになっている。携帯電話やインターネットが登場した当時、驚いた人も、今や何の感情を抱くこともなく世界中と繋がっている。
 しかし、テクノロジーの進化の一方で、かってはあって当たり前のものや、できて当然のことが決してそうとは言い切れない状況に追い込まれている。
 東京や大阪の郊外にも見られた林や里山は宅地や工場に姿を変え、むしろ、なくて当たり前のものと化している。それだけではない。世界各地で森林が伐採され、熱帯雨林気候地域のジャングルもあって当たり前のものではなくなっている。
 かっては世界一安全な国だと思われていたこの国の治安も、今では残虐なニュースを耳にしない日がないほど状況を変えている。
 また、世の中が豊かになり、個人化が進み、家族それぞれが思い思いに生きた結果、家族が一緒に過ごす時間も減っている。家庭から家族だんらんが消え始めている。しかし、その反動からか、命や愛よりも家族を一番大切なものとしてあげる日本人は増えている。
 あって当たり前、できて当たり前のものが失われて初めて、私たちは、その価値を再認識し、反省し、注目し始める。一方で資本主義社会は、足りないものを見いだし、そこに利益を追求し、発展してきた。今後、景気回復の活路を見いだす為にも、行政も企業もかってあって当たり前だったものにも目を向けることが必要となろう。


'09.4.2.朝日新聞