散歩道<2832>

                   時の肖像・漢字の変容・「懐かしい道連れ」とともに(3)           (1)〜(3)続く

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 漢字の最も奮い祖形とされる甲骨文字は、古代中国の殷の時代にさかのぼる。今から3千数百年前の甲骨文字*3が刻まれた一片を、東大東洋文化研究所の平勢隆朗教授の好意で間近にみせてもらった。
 手のひらよりはかなり大きい肌色の牛の肩甲骨に、細い線で文字の列が刻まれている。殷王朝での占いの結果を記したもので、後の世の「子」につながる字があり、「漁」を表すという字の「魚」とおぼしい部分には小さなヒレも描かれている。今にも泳ぎ出しそうな、繊細で引き締まった線刻は美を感じさせる。当時、大陸の一角でこれを記した人は、芸術としてではなく記録として彫ったのだろうが、その作業の結果が、長い時に磨かれて、静かに息殷づいているかのようだった。

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 古代の文字として知られるバビロニアのくさび文字*4やエジプトの象形文字が廃れたのとは対照的に、漢字は生き残ってきた。
 中国や台湾の街角にひしめく漢字のシャワーを浴びたり、韓国でわずかに残る漢字の看板を見つけたりすると、東洋の調べのようなものが聞こえてくる。それは、欧米の街角で、通りの名を記すすっきりして美しいローマ字に西欧の調べを聞くことと響きあう。
 洋の東西を問わず、文字は時に磨かれた美しさと厳しさを備えた道具であり、懐かしい道連れだ。
 漢字の文化圏にある国々や地域は、互いの言語や国のありようの違いと特質は尊重しながら、この道連れとのこれからの付けあい方を考えてみることも大事だろう。それが、押し付けがましい「グローバル化」などというものに歯止めをかけ、地球の他の地域や国との理解や連携を深めるよすがにもなるのではないか。そうした錬磨を共に進めるための機が、少しだが熟しつつあるように思われる。


'09.2.23.朝日新聞・論説顧問・高橋 郁男氏

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