散歩道<2778>

          クロス・トーク・市場経済とは、働くことは(3)      (西部 邁さんに 苅部 直さんが聞く)       (1)〜(4)続く
                 人間の関係性 背負った場に  合理主義の暴走抑える知恵を

人間の営みである経済が、人間を苦しめるのはなぜだろうか。市場とは何か、働くとは何か、改めて考える。        

西部 世界には相手を見て、金持ちだと思うと高く、貧乏人だと思ったら安く売る、そんな市場(いちば)も多い。一物一価ではなく、価格に人間の関係性が表れる。市場とは元来、そういうものなんです。 
苅部 生きた人どうしの関係の厚みを取り去って、抽象化したモデルが市場
(しじょう)。 
西部 僕が経営者として苅部さんを雇うとしますね。僕が「これだけの賃金を払えば働いてくれるだろう」と考え、苅部さんが「これだけもらえば働いてもいいな」と思って契約する。それが可能なのは「コメや水の値段がこれぐらいだから、この賃金なら一家が暮らしていけるだろう」という見通しが双方にあるからです。もしコメの価格が最近の原油のように乱高下していたら、とても賃金契約が結べない。人間を長期的に雇うためには、市場での価格の安定性、固定性が必要なんです。
苅部 ご著書で引かれている、市場をとりかこむ慣習の秩序に注目したハイエクや、「公徳」を重視する福沢諭吉の考えにつながりますね。
西部
 それが人間社会の標準的な形なんですね。でも、近代経済学では、市場での価格はいくらでも変動することになっている。その考え方はおかしい。
苅部
 米国発の金融危機の最大の原因は何でしょうか。
西部
 一言で言えば、近代の病とも言うべき合理主義です。90年代に入って、IT革命とか金融工学とか表舞台に出てきて、確率や数学的期待値、標準偏差で収益やリスクが語られるようになった。この確率というのが問題でね。サイコロを振ってある目が出る確率というのは、同じサイコロを同じように振るということが前提になっている。でも、経済というのは歴史現象なので・・・。

'09.2.2.朝日新聞、対談・西部 邁さん・政治学者・苅部 直さん

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