散歩道<2777>

          クロス・トーク・市場経済とは、働くことは(2)      (西部 邁さんに 苅部 直さんが聞く)       (1)〜(4)続く
                 人間の関係性 背負った場に  合理主義の暴走抑える知恵を

人間の営みである経済が、人間を苦しめるのはなぜだろうか。市場とは何か、働くとは何か、改めて考える。        

西部 大学1年の経済学で、労働とは不効用、つまり苦痛*1だと教わるでしょう。でも、昔、僕が中学生の頃におやじが失業して、ようやく次の職が見つかった時、安堵(あんど)の表情を浮かべていた。労働が苦痛なら、なんであんなにうれしそうな顔をしたのか。労働は喜びだとピユーリタン的に言う気もないけど、人間が効用、不効用で行動を選ぶという近代経済学の人間観は、ばかげてますよ。マルクス経済学でも、労働は人間の疎外で、そこから解放されるべきだという。でも、人間は生きている限り疎外される。男は、結婚したら女房から疎外される(笑)。そこに生の意味が宿るんです。疎外から完全に解放されたら、人間じゃなくなっちゃう。
苅部
 経済制度の基本については西部さんも、自由主義を唱えた20世紀の経済学者ハイエクと同じように、市場の他にないと考えておられる。
西部
 僕はハイエクの根本思想は認める。ただ、現在のように、原油価格が暴騰した後、たった5ヵ月で約4分の1に下落するというのは、まともな市場とはいえない。市場では、商品を売る側も買う側も、将来について一定の見通しが必要になる。商品の価格が、上がってもこの程度、下がってもこの程度という、予測できる幅の中にないと、経済活動そのものが成り立たなくなってしまう。
苅部 経済学者の安富歩
(あゆむ)さんの「生きるための経済学によれば、市場をシジョウと読んだときから、すでに経済学はゆがみ始めている。相手の顔が見えるイチバなら、たとえば魚が不当に高ければ、文句をつけ値切った上で取引成立。そんな具合に、価格の上下もお互いが期待する水準のうちに限られます。

'09.2.2.朝日新聞、対談・西部 邁さん・政治学者・苅部 直さん

関連記事:散歩道<139>-9、教育・歴史<465>-116、*1西洋と日本の労働の考えの違い