散歩道<2775>
けいざい・ノート・金融危機が与えた宿題(3) (1)〜(3)続く
経済学は現実に無力か 新しい理論生む契機に
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さらに経済学は「人間は合理的だ」という仮説に余りにも依存している。現実には、米国の住宅バブルでは、どう考えても不合理な価格で住宅が売り買いされていた。こうした不合理なバブルも、いまの理論では説明できない。
加えて、マクロ経済における「貨幣」の位置づけが大きな問題だと、筆者は考えている。危機の本質は市場での交換媒体としての「貨幣」の役割にあるように思われるからである。
現在の金融危機の中で、世界中のマネーが株などリスクのある金融商品や住宅から逃避し、交換性の高いドルや米国債などの買いに一斉に流入している。こうした現象をマクロ経済で分析することは難しい。標準モデルには、本質的に「貨幣」が欠如しているからである。
「貨幣」の問題を中心に据えると、ケインズ経済学と現在の標準的マクロ経済学との間の二者択一ではない、「第三の道」が見えてくる。
「貨幣」は市場の中の存在であると同時に、市場が健全に機能するための土台の役割も担う。市場での交換を成り立たせる「貨幣」の役割に、「公共性」を見るのである。
ケインズ経済学は、市場を支える「公共性」をすべて政府に帰する。一方、現在の標準的な経済学は、市場を支える何かが必要だという問題を、ほとんど意識しない。「貨幣」の「公共性」を重視する立場は、まさにこれらの中間に立つことになるはずである。
いずれにせよ、金融危機が経済学に突きつけた課題は大きい。大恐慌の後にマクロ経済学が誕生したように、今回の世界危機も、新しい経済学の枠組みを生み出すことになるかもしれない。今後、経済学者は、様々な模索を続けることになるだろ。
'09.1.31.経済産業研究所上席研究員・小林 慶一郎氏
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