散歩道<2771>
美術展・京都御所ゆかりの至宝展
今回の展示会には御所にある素晴らしい数々の大和絵や、襖絵の殿堂ともいわれるものの他、多くの神社や寺から御所と関係したものが展示されている。天皇が即位された時にはこれを祝して当時の有名な絵師が描いた襖絵等が新しく部屋に飾られたようだ。また、退位された時にも、新築されたり、当時あった建物に引っ越される家に、屏風や掛軸、襖、家具調度品や茶器等豪華で細かい技術が施されたものが飾られている。又、皇女が出家されたり、嫁がれる時も嫁入る道具として多くの調度品や陶器などを持参されたようだ。そこから新しい文化が、形づくられ、さらにユニークな茶器等が保存され、広まることになったと思われる。
又、それ等を賜った家では、家の家宝として何代も引き継いでいくことになる。長い年月の間には何度か火災に遭った記憶も残されており、いま存在している肖像画等は、当時に描かれた複写であったものが現存していることが多いようだ。
掛軸等に記されている文書には、朝鮮への(御陽成天皇から秀吉へ)遠征に対する気づかいや、子供の誕生、恋文、近況、健康の記述等である。
残された多くの陶器類は朝鮮や中国からの技術者がその粋を日本に伝えたものも多い、その人等の処遇は、立場がきちんと確保されていた(尊敬されていた)のだと思う。又、刀剣類は権力の象徴として(家紋を入れたり、記名したりして)大切にされていたものだ、江戸時代の絵画は平安時代の王朝文化を描いたものが多い。襖の蝶番(ちょうつがい)等は、紋所や、花、動物など大変お洒落な飾りが多い。又、着物など、当時の式典には欠かせないもので、染料、織物の技術*1など随分進んでいたことがわかる。
鎌倉、室町時代から源氏物語や法華経の写経など伝えられ、神道から笛、琴、琵琶、連歌、囲碁、茶道、書道等世襲されたものも多い。
これだけの文化が維持できた背景には、幕藩体制が維持され、鎖国政策、参勤交代が諸大名に義務ずけられ、多種、多用の生産物、文化品創出や寺小屋の発達、大衆相手の出版物等工芸、出版文化センター等、全国に文化が浸透していたからだと思う。
また、江戸290年近くが平和であったこと、多くの品物が分散して保存されていたこと、又、文化を大切にするDNAが日本人皆にあり、又、京都や奈良がB29の攻撃を受けなかったことも現代まで維持されている背景であるよと思う。
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備考、学術講演会で聞いた話では、日本が一番中国の影響を受けた時代は、江戸時代よりも平安時代だそうです。2012年11月18日
備考:*1当時の技術を,いまヨーロッパのブランドとして売り出しているものもある。
この展示会は、2月22日まで
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