散歩道<2716>
                       面白い話(194)・政治(まつりごと) 図星(ずぼし)をさす

かたえくぼ:来年の家計簿:赤ペンはサービスしておきました・・・・・・・・・・・・出版社(超天才)

                              政治(まつりごと)

 政治を「まつりごとと」よむのは、ふるい時代においては民の利益をもたらすものは天神地祗
(ちぎ)である。だからこれらの神々を祭ることによって国よ安かれ、民よ豊かなれと祈願したことこら起っているのである。このような思想は上代においてはどこでも見られるところで、中国においても帝王のまわりに巫祝(ふしゅく)という祈祷専門の一族があって「祭り事」をおこない、城の郊外には天檀地檀をもうけて、帝王みずからもこの行事を行っていた。エジプトにおいても太陽神をまつり、ことシリウス星座の位置によってナイル河の氾濫(はんらん)を予知したことから、政治と祭祀はおなじものであった。またバビロニアにおいても高い塔をきずいて、そこで夜空にかがやく星にむかって、チグリスユーフラテスの両河が氾濫したり、ひどい旱天(ひでり)がないように祈るのは王国のたいせつな行事であった。日本もこの例外ではなく、天皇はつねに皇祖皇宗のみ霊を祭られたのである。このような政治のありかたを祭政一致というが、これは信仰と政治の混同であることはもちろんであり、その信仰を重視するの余り、民衆におもい税がかけられたり、不当な労働が要求されたりしたことは、エジプトのピラミッド、中国の天檀、日本の東大寺などがありありとこれを示している。日置昌一氏

                              図星
(ずぼし)をさす

 これはと見込んだところ、あるいは思いもうけた的
(まと)、そうした人の抱いている野望などを正確にぴぴったりと言いあてることを意味し、これを鍼灸(しんきゅう)を業としているものが、その灸を据える場所を点にて示すことから起った言葉だといわれている。イギリスの歴史家ギボンはまことに堂々たる偉丈夫であったが、あるときデファン夫人に紹介された。その当時この有名なサロンのクインは、すでに失明していたので、人に紹介されると、まず手でもって相手の顔にさわり、それから敬意を表すのがならわしとなっていた。ところがギボンは鼻がとても小さくて、それが彼の福々しい豊かな頬(ほお)のなかに埋まって隠れていたために、デファン夫人には最初さっぱり見さかいがつかず、「まあ、淫(みな)らな冗談をなさいますこと」と彼女は叫んだ。
日置昌一氏