散歩道<2704>
ポリティカにっぽん、大恐慌再来? それでも元気に「村の秋」(1) (1)〜(3)続く
F・Lアレンの「オンリー・イエスタデイ」は今読んでもおもしろい。「つい昨日のこと」と訳せばいいのか、1920年代のアメリカを生き生きと描いた1931年の本である。
第1次大戦が終わり、生活は一変した。女性は「慎みの限度を越える」短いスカートをはき、断髪、口紅がはやった。好景気、メディアの発展、禁酒法とアル・カポネ、土地や株投機。浮かれていたら1929年10月の「ナイアガラの滝のような」株の大暴落が来た。それから79年たった2008年、また同じ「つい昨日のこと」がおきたように見える。
20年代アメリカのフロリダで起きた土地投機は、カリブのそよ風が吹く土地」の宣伝文句にあをられ、人の住めない粗悪地まで「手付け証書」で買いあさり、挙げ句の果てすってんてんになる.今日また、住宅値上がりの見込みがはずれて「サブプライムローン」が不良債権化、低所得者は放りだされ、世界金融危機に塁を及ぼした。人間はなんてあさはかなんだろう、同じことを繰り返して。
「あまり努力せずに、てっとりばやく金持ちになりたい欲望が並外れて強い」のが20代のアメリカ人気質だったらしい。著名な経済学者ガルブレイスの診断である。土地がだめなら株だというわけで、これまた自己資金もないのに「信用取引」でひと儲けをもくろんだ。その「信用」が崩れ、実体経済に及んで「大恐慌」に陥る。チャップリンが「モダンタイムス」で、失業者の悲哀を描いたのはこの時代のことである。
そしてまた2008年9月29日、ウォール街は777jの下落に「大恐慌」再来とあわてふためいた。株価は乱高下してたちまち世界に波及、各国とも公的資金の注入で「信用」の回復におおわらわである。人間の「欲望」のシステムというべき資本主義は100年たっても同じ愚(ぐう)を繰り返すということなのか。
'08.10.20.朝日新聞本社・コラムニスト・早野 透氏