散歩道<2685>
講演・ 「少年犯罪を防ぐための地域の役割」(2)、 (1)〜(2)続く
本音の話をここですると、今でも、加害者が憎い、自分に落ち度があったからこの様な結果になったのではないかと、(特に女性の)親は自分を責める。お父さんは仕返しをしかねないような気持ちが本音ではあると思う、しかし、法治国家の中ではそれはしてはいけないとは思っているようだ。何年過ぎても父は時々、部屋一杯に大声を出す。やりきれない気持ちを思い出して押さえきれないのであろう。その気持ちは理解できる。家庭は崩壊の手前で、家族に笑いなど全くない生活を強いられることになった。これまで5匹買っていた魚を4匹買うということでも買う気になれない。子供は帰らないと思うと、木から目が出る自然の現象でも腹が立つ、残された4人家族で食事するのも苦しい、普通の日常生活ができない。後から分かったことだが、娘も息子も苦しんでいたのだ。人がみな自分から散ってしまう(遠ざかって)、後で人から指摘を受けたのは、鏡を見て分かったが、どんな顔(恐ろしい)して歩いていたのだということだ。この様な状況から立ち直れたのは、地域がみんな良かったからだ。
声を上げやすい地域になってほしい。困った人がいたらその人の相談に乗ってあげてほしい。地域、ボーイスカウト、婦人会、町内会、面倒くさいことって大事だ。それをやってくれる人がいることはすごく有難いことだと思う。人と人とのかかわりが大切である。人にかかわっている人が助けてくれた。お世話をする人は褒められることはないが、お世話をするひとが地域を守ってくれているのです。そのことが安全な街になっている。人権も大事、権利も大事しかし、それを振りかざしてはいけない。お互い同士に配慮することが必要だと思います。
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