散歩道<2670>
                面白い文章(72)・1、時間の感覚はなぜ代わる、2、時間の経過、3、散歩で歩く道
                         右は、昼間出会った野性の鹿2匹
京都市西京区日文研近く              


1、時間の感覚は、年齢と共に代わるという文章を書いた記憶がある。散歩道<75>-1、当時(今から7〜8年前、この話は、知識として分かっているだけであったが)今は実感としてこの話を受け止めている。このことに関する私の考えである。例えば電車に乗るとする、景色の移り変わりを観察しているだけで、その時間は過ぎてしまう。1週間という間隔で考えても、特別興味を持ってみているTVの番組でもなければ、その間で記憶に残るものはほとんどなく、すぐ1週間は過ぎてしまう。逆に、これから予定している時間は中々来ないのに、過ぎ去ってしまうとどうしてこんなに時の過ぎ行くのは早いのだろうと感じてしまう。そこで毎日がスケジュールで充実した時間を送っている同年配の人の話に興味を持って聞いたが、やはり過ぎ行く日時の感覚は速いと私とそんなに違わないようだ。
 特別のことでもない限り感動(関心を持つ)しなくなっているのか、こんなことは全く関係ないのことなのか、人の名前がすぐ出てこないのは何故だろう。物事に少しずつ無関心になっているのか
(いい悪いは別にして)?、どうも、記憶を残す脳の容量(キャパシティー)が年とともに小さくなってくることに原因があるのか?。こんなことを考えていたら、”消えてしまう”という関連記事の話を思い出した*1
 
2、時間の経過のことで、気にしている事がある。
散歩道”面白い話”や”面白い文章”が、一人よがりで面白いと感じているのではということ、今の人もそう(面白いと)感じていてくれているのか?心配である。(これは野球や運動選手が、現役として、体力の限界を感じて引退するという話に通じるところがあるようにも思う)

3、最近、昼間人が
街の中の誰もいない1本道を、1`〜2`〜3`続くのを歩くのが好きです、(このような道は贅沢とも思っている。都会でこのような場所を探すのは無理であるとおもいますが、上の項目と何の関係もないのだがここに加えておきたかった。)

関連記事:散歩道<194>*1保存した字が消える、