散歩道<2621>

                         経済気象台(391)・冷静に、処方箋はある

 「水鳥の羽音」ではない。危機は身近である。しかし狼狽(ろうばい)売りが激しすぎはしないか。物事は行き過ぎるこことによってしか是正されない、という考え方があるが、それにしてもこのところの株式市場は,実体経済と著しく乖離(かいり)した値動きだ。日本は自らのファンダメンタルな部分に自信を持つべきだ。
 80年代後半のバブルの真っ盛りのとき、金融機関が理工系の学生を大量採用し、製造業の採用は困難を極めた。待遇が金融に追いつかなかったからである。金融工学が登場して、「理数系に強い人間を採用せよ」と、銀行が一斉に走り出したことがある。
 それから10年後、彼らはバブリッっ子と呼ばれリストラ時代にむごい目にあった。金融工学の先進国アメリカも、これから揺り戻しが始まるのだろうか。どこの国でも「行き過ぎ」と「一斉に走る」ことがすきなのだ。
 今回の危機は様々な金融派生商品を登場させた金融工学の発達抜きには考えられない。だが、今の時点で実需が伴わないマネーゲームの浮薄さを批判しても意味はない。犯人探しはあとでよかろう。
 筆者は98年8月の本欄に「あえて楽観論を」というタイトルで「人間は愚かではあるが、困難を乗り越えてきた経験をもっている」という文章を寄稿した。不良債権問題がこじれ、世の中が悲観論に覆われていた時だ。
 日本の90年代の経験は決して小さくはない。今各国の銀行への公的資金の注入や株式買い取りなどは、幅と厚みが増しかつスピードが上っている。みな日本の失敗から学んだのだ。今回の危機に必要なのは金融工学の知識ではない。大切なのは冷静さだ。処方箋はある

 '08.10.22.朝日新聞