散歩道<2483>
討論会・秋葉原事件(1)を考える (1)〜(3)続く 自分流に纏めた。
実に社会を震撼させた,むごく陰惨な凶悪事件であった。自分の勝手な判断で人を7人も殺し10人に傷害を与えた。この事件はインターネット時代に起きた,マスメディアを意識し,その犯行現場をマスコミを通じては社会に知らしめよとした、犯罪史上例を見ないものであった。この事件を専門の先生方は、どう見ておられるのか、NHKの討論会があった。
1、犯人は個人の責任の前に、社会の責任としている。自分の欲望をコントロールできなかった。
自己否定は、自傷行為に近い、自己愛でもある。とにかく後のこと考えていない。若者も社会に甘え、また、社会も若者に甘えている。このような事件は外国であれば当然射殺されたであろう。
2、格差が、雇用を身分の差として定着しつつあることへの反発。(それを認め、耐えよといっているのかということに対する反発)。正社員の反対は無職というように判断していないか。(今まではこの様な形しかなかったが)。女性がいかに多く雇用形態の違い、雇用の多様化で社会に進出できたか知ってもらいたい。その価値観の違いを認めようとしていない。それを格差というのは間違いである。
3、多様化でなく、一定以上の学歴をもつか、専門的な技術を持つ(一部の)人のみが認められる、身分制(スクールカースト)が社会で濃厚になってきている。今回問われているのは、コミュニケーション格差ではないか。(コミュニケーション弱者になることが問題なのだと思う)。
本当の自分がやりたいことが分からないで30才になった今、ニートになっている。それを甘えとはいえない。何をやりたいかが分からない。どうしていいかが分からないのだ。自分探しという言葉がある、自分だけの世界を生きてきた(何もしなくていい、その生き方が)肯定されてきた。しかし、自分の責任で生きるのはつらい。
一方、このような社会のなかに、勝ち組、負け組みという見方で世の中の人を判断しようとする流れがある。ある意味ではそれは、ざったくな、おしつけをしてることになる。そのような見方をすることは、若者の同士の中でも格差を意識することになり、全くよくないことである。
討論者・'08.8.17.司会NHK解説委員島田敏男氏、ノンフイクション作家・吉岡忍氏、日本経済同友会理事・奥谷礼子氏、日本教育大学教授・河上亮一氏、精神科医・斉藤環氏、ジャーナリスト・斉藤貴男氏、小説家・平野啓一郎氏、
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